第2話 「僕とノイのあいだには、無数のデータと機械が立ちふさがる」

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第2話 「僕とノイのあいだには、無数のデータと機械が立ちふさがる」

 アンドロイドラボでマシンチェックを終えたノイは、おとなしく座っている。  エドガワ博士とタイチは、ノイが入れたコーヒーを飲みながら話しあっていた。 「プロトタイプAの定期チェック、すべて問題なしだ」 「安心したよ。僕のノイは、いつだって完璧だからね」  エドガワ博士はノイを“プロトタイプA”と呼ぶ。  古ドイツ語で“新しい”を意味する“ノイ”という名前は、このラボでノイが生まれた瞬間に、タイチが与えたものだ。  タイチだけが、呼ぶ名前だ。   エドガワ博士はタブレットを見ながら続けた。 「機能上は何の問題もないが、言語機能にナノ6秒のずれが見られるな。調整しようか?」  タイチは首を振った。 「いや、今のままがいいんだ。ノイが僕に返事をするとき、ちょっぴり遅れるのは、かえって可愛い」 「……アンドロイドが可愛い? よくわからんな……お前の家では、どうやって動いている?」 「水が流れるみたいに、すずやかに働くよ――そうだ、最近よく料理をするんだ、エドガ」 「当然だ。プロトタイプAには調理機能がある」 「いや、ノイじゃない。僕が料理するんだ」  エドガワ博士は不思議そうに友人を見た。 「個体の調理機能に、問題が?」 「ううん。ノイと一緒に料理するんだ。たのしいよ」 「……お前が楽しければいいが……しかしセクサロイド本来の目的では、使っていないようだな。  気に入らないのか? ビジュアルはお前の需要に合わせたぞ。  アジア系美少女、高さ151センチ、重量は42キロ。切れ長の目にタヌキ顔を合わせるのは、たいへんだった。アンドロイドマスターとしては、セクサロイドの逸品だと思うが」 「うん」  とノイの主人は超絶どうでもいいという顔つきで答えた。 「ノイの外見はどうでもいいんだ。大事なのは、何をしゃべるかってことだからね」 「アンドロイドには学習機能つきAIが搭載されている。お前の聞きたいことを話すぞ」  エドガワ博士の言葉に、タイチは全然違う方向を向いて答えた。 「それが問題なんだよ。僕が聞きたいのは、学習機能の言葉じゃない。 ノイの言葉なんだ」 「タイチ。これはアンドロイドだ。オリジナルの言葉はない」 「わかってるよ」  タイチは立ち上がった。 「わかってるけど。もしかしたらノイ自身の言葉を、しゃべるかもしれないじゃないか」 「アンドロイドがか? 万能セクサロイドとはいえ、デフォルト機能以上のものは起動しないぞ」 「きみの言うとおりだ、エドガ。 しかしこの世には、奇跡というものがあるからね。僕とノイのあいだに無数のデータと機械があっても、いつか、わかりあえるかも」  そういうと、タイチはノイに向かって手をさしのべた。 「おいで、ノイ。家へ帰ろう。あのカエル、卵を産んだかな」 「ご主人様、マリコマカエルは1年に400個の卵を産みます。昨日はまだ、卵を確認できませんでした」 「じゃあ、今日は生まれているかもね。エドガ、ありがとう」  タイチはノイの手を握って帰路につく。  ノイの手は温かくて柔らかい。  万能セクサロイドの仕事には、身体的接触も含まれる。だから筐体は人工有機物でできている。  ノイには、血が流れている。汗もかく、涙も流す。  そして主人が愛してやれば。  甘い蜜もあふれ出す。  しかしノイは。 まだ本来の機能を発揮していない。  ご主人様が命じないからだ。  完璧な、最新型セクサロイド、プロトタイプAは役に立たないアンドロイドである。  だが。  いつまで?
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