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第4話 「たいち、たいちたいち」
ノイのご主人様は、身体をよじって笑った。
「くすぐったいな。ノイの手は小さいから、くすぐったいよ」
「すみません」
ノイはすぐに手を離した。するとご主人様がぎゅっと抱きしめてきた。
「ちがうよ、ノイ。こういう時はもっと僕がイヤがる事をするんだ」
「なぜですか。アンドロイドは人間がイヤがる事なんてしません。私たちは、ご主人様に奉仕するのが仕事です」
するとご主人様はわらったまま、キスをした。
「そうだね、アンドロイドは人間がイヤがる事をしない。でもここにいるのは、僕の恋人だから――ノイ」
「はい」
「タイチと、よびなさい。これは命令だよ。僕がきみの“ご主人様”として、最後に出す命令だ」
「最後の命令って、何ですか。ご主人様、もうノイはいらないんですか」
ノイは男の硬い身体の下で。もがいた。小さな抵抗を、男は笑ったまま軽々と押さえつける。
「もうセクサロイドはいらない。僕が欲しいのは——きみだよ、ノイ。恋人からは名前で呼ばれたい。ほら。タイチって、よんで。早く」
ノイの口がゆっくりと開く。
ためらいながら開いて、AIに搭載されていない名前を呼ぶ。
「……たいち」
「うん。もっと呼んで。ノイ」
たいち、たいち、たいち、たいち。
名を呼ぶたびに、ノイの人工有機物の身体がギッとたわんだ。
ノイはきしみながら、はじめての名前を呼んだ。中も外も、たいちでいっぱいになる。温かくて、硬くて、せわしなく動くたいちで、いっぱいになる。
「たいち、たいち」
タイチがそのたびに笑って答える。
「ここにいるよ。ずっと、ここにいるから。僕も幸せだよ。ノイ」
タイチとノイの名前がからまりあって、こすれて、切ない歌を歌う。
「たいち、たいちたいちたいち」
ノイの指先が痙攣する。きわっ、きわっと、きしんでゆく。
最後の瞬間、ノイは言語データにないはずの言A葉で泣いていた。
「たいち。あいしてる」
きわわっと、プロトタイプAの身体がきしんだ。泣き声を上げた。
アンドロイドは感情を持たない。
人間を愛さない。
人間を愛したアンドロイドは、人工有機体ではない。
ゆえに。
プロトタイプは、人でもモノでもなくなる。
最後の瞬間。
きしゅっという小さな音を立てて、ノイは機能を止めた。
ノイは微笑み、小さな全身からは初めての愉悦があふれだしていた。
しかし。
アンドロイドは恋の夢を見ない。
ノイは、最初で最後の恋を終えた。
★★★
「――失敗作だった。セックスしたら機能停止するセクサロイドなんて、失敗作だろ」
タイチに呼ばれてやってきたエドガワ博士は、髪の毛をバリバリとかきむしりながらうめいた。
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