第1話 「最新型セクサロイド、”ノイ”」

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第1話 「最新型セクサロイド、”ノイ”」

 初夏の庭には、色とりどりの花が咲いている。  青いネモフィラ、白いハナミズキ、紫のフジ、ライムグリーンのスノーボール。  あまい香りのなか、“ノイ”のご主人様が、ちょっと低い、からかうような声で呼ぶ。 「ノイ。今日は庭でお茶が飲みたい、用意してよ」  風に黄色いスイカズラが香る。“ノイ”は真っ青な目をまぶしそうに細めて、空を見上げた。  ご主人様の声が、もう一度聞こえる。 「おいで、ノイ。ここに金色のカエルがいるよ」 「いま参 ります――」  ノイはなめらかな動作で、花いっぱいの庭をよこぎった。  本当は時速40マイル=時速112.65キロで疾走できるけれど。ご主人様の、花があふれる庭を移動するときには、そのスピードは必要ない。  小柄な身体にメイドの制服とエプロン、きれいに整えたブラウンの髪をかすかに揺らしてご主人様のもとへ駆けつける。 「ノイ、見てごらん、ぶらんこにカエルがのっている」 「ええ、ご主人さま。ここには、マリコマカエルというめずらしいカエルが住んでいます。初夏に産卵するカエルです。ご主人様、お茶はどうしましょうか?」  うん、とご主人様である“タイチ”は、じっとカエルを見つめながら答えた。 「このカエル。去年もいたやつかな。鼻先の水玉模様が同じに見えるんだ」 「同じ個体かもしれません。マリコマカエルは生命力が強くて、通常、60年くらいは生きるといわれています」  タイチは色素の薄い目でじっとノイを見た。 「ああ、そう。すごいね。きみも、それくらい生きるかな。 次の夏も、きみはここにいるかな」 「おります。アンドロイドの標準稼働期間は70年ですから」  ふう、とタイチは息をはいて、庭の椅子に座りなおした。 「ノイ、お茶を入れて」 「はい」  ノイは丁寧にお茶を入れる。ティーカップを皿にのせて、タイチの前に差し出す。タイチはそれをじっと見ているが、結局お茶には手を出さない。 「ご主人様? お茶が気に入りませんでしたか? 入れなおしましょうか?」 「うん」  と、ノイの主人は適当に返事をする。それから、ぽそりといった。 「ねえ、知ってる? 僕、本当はお茶なんか大嫌いなんだ」 「そうでしたか」  ノイの中でカチッと小さな音がして、AIにデータが書きこまれる。 “ご主人様は、お茶が嫌い”。  タイチが続ける。 「僕が本当に好きなのは、きみだよ、ノイ」  カチッと小さな音がして、データがもうひとつ書き込まれる。 “ご主人様は、万能セクサロイドが好き”。  万能セクサロイド。  料理や掃除、主人の身の回りの世話、仕事のサポート。ありとあらゆる事を片付け、主人のセクシャルな要求にもすべて従うアンドロイドだ。  ノイは、エドガワ・ラボラトリーが生み出した、最新型セクサロイドの試作品だ。  ★★★  ノイは、ご主人様に連れられて定期的にエドガワ博士のラボに行く。メンテナンスのためだ。
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