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「まあな。ちょっと挨拶しただけだ。」
「あの、奥さま。ご主人との仲は?」
「夫とですか…上手くやっていると思います。家ではよく和食を出すんですが、いつも美味しそうに食べてくれるんです。」
(本当だ、美味しいと言っている。)
古市は不自然にならないよう、瞬きの時に断片的にだが“記憶”を覗き見る。確かに、被害者は妻の料理を美味しそうに食べている。が、「ただ――」と妻は何か言いたげな様子であった。
「最近は、忙しいみたいで…帰りも遅いんです。仕事で取引に行っているとか何とか…昨日も帰りは遅く、まだかなあと思って下へ。そうしたら――」
「…ご主人が、倒れていたと。」
「はい…」
「ご愁傷さまです…。」
「…あの、テーブルが気になるんですか?」
「ちょっ、古市くん⁉」
古市は思わず肩をすくめる。だが、少し気になることがあったのだ。上手く話を繋げるため、話題の方向性を変えることにした。
「…いやあ、このテーブル素敵だなと思いまして…」
「あら、アナタお目が高いのね。コレね、結婚記念日に主人が買ってくれたんです。ちょっと値は張りますけど、お気に入りなんですよ。この木目とか温かみがあって…」
「分かります、僕も木目好きなんです。」
「…ところで、此処で手芸とかも行ったりするんですか?」
「確かに、壁に絵が飾ってありますね。かわいいです。」
「ありがとうございます。ええ、このテーブルで手芸もするんです。キッチンが狭いので、下ごしらえも此処で。」
「成程…あの、キッチンも見せて頂けますか?」
((古市(くん)…⁉))
「キッチンですか…ええ、良いですけど…」
古市はキッチンへと移動する。坂本もそれに付いていく。佐倉と安藤は、新人の行動に振り回されつつ、彼の思考に興味を持っていた。案内されたキッチンは思っていた以上に狭く、コンロが1つと小さなシンクのみ。確かに、下ごしらえには不十分だ。
「え、此処で調理なさって…?」
「ええ。流石に野菜とかを切るには狭いので…どうぞご自由に見て下さい。ただ一つ――」
「此処見て良いっスか?」
「あっ、そこは――」
制止も聞かず、坂本はシンク下の引き出しを開けようとした。それに気づいた佐倉が彼の手を叩き払った。
「坂本!」
「すんません。」
「…それだけは、ちょっと恥ずかしくて。他の所なら構いませんよ。」
「分かりました。」
代わりに佐倉などが応じる。その裏で、古市は叱責されたばかりの坂本にこっそりと話しかけた。
「どうしたんだよ、坂本。」
「いやあ、シンクの下って水道管とかあんじゃん。そんなに物入んねーだろ?ちょっと興味が湧いたというか…」
「でも指示は聞いた方が良いよ?」
「んー、気を付けるわ。」
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