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安藤がそう言うと、古市はそっとある物を取り出した。それは、決定的な証拠となるもので。
「なっ――包丁?」
「はい、これが凶器の包丁です。これが、浮気の証拠品と共にシンク下にありました。本当に奥の方で、新聞紙にくるんでありました。そして、これも写真なども、証拠品は全て鑑定をして頂きました。――全て、奥さんの指紋が検出されました。」
「ま、待ってちょうだい!グローブとか、何か手に嵌めてやっていたかもしれないでしょう?」
「そう思って、扉の近くや包丁の近くも指紋を調べて頂きました。全て、貴方の指紋が検出されましたよ。――奥さん、浮気のことはご存じだったのではないですか?」
妻は、暫く黙り込んでいた。そして遂にその口を開いたが、その表情は歪んでいた。
「――よく分かりましたね、刑事さん。あの人は、“小百合”って女と浮気していたのよ。会社の後輩らしくて、一度後をつけたことがあったの。あの二人、イチャイチャと…気持ち悪いくらいベタベタしてたのよ。だから、一度女に言ってやったの。『主人と別れて』って。そうしたら、何て返ってきたと思う?『おばさんの癖に偉そうにしないでくださ~い』って。アイツにも伝わってたみたいで、私はその夜夫に責められたの。『オマエは飯を作ればいい』って。もうそれで、アイツには愛想つかしたわ。」
「それは…」
「では、旦那さんのことは――」
「そうよ、私が殺したの。人を道具扱いするなんて!もう許せなかった。だから、出迎える時にね。」
妻は、まくしたてるように話した。要約すると、浮気や夫の態度に愛想をつかした妻が、彼を殺したというのだ。それを聞いて、安藤がポツリと零した。
「…そんなことで、殺すなんて…」
「そんなこと?――貴方、これで私がどんだけ悩んだか――!」
「え、あ、いやそんなことは――」
「お二人共落ち着いてください!」
現場はパニックになった。その現状を打破したのは、古市の一言であった。
「確かに、浮気は深い問題ですし、された側は殺したいくらいに憎いでしょう。ですが、他に方法はなかったんですか?」
「方法?」
「古市の言う通り。角度からして、これらの写真はご自身で撮られたものなんですよね?」
「え、ええ…」
「でしたら、これは言い逃れできない証拠です。お金はかかりますが、民事裁判に訴えることもできた筈です。弁護士や探偵など、誰かに相談することもできます。一人で抱え込む必要はありません。うちもそうでした、母が探偵を頼ったことがあります。」
「そうなのね…じゃあ、私は――」
女は、膝から崩れ落ちた。そんな彼女の元に、佐倉がそっと近づき声をかけた。
「――署まで、同行願えますか。ゆっくりで良いんです、お話を聞かせて下さい。」
「…はい。」
女はゆっくり立ち上がり、佐倉に連れられてパトカーへと歩いて行った。
女がパトカーに向かうのを見て、古市はこの夫妻にまつわる“記憶”を思い出していた。――亀裂が入り始めたのは、半年程前のことらしい。女が話していた通り、度々夫の帰りが遅くなっていたのだ。そしてある日、妻は夫に問うたのだ。
『ねえアナタ、最近帰り遅いじゃない。何かあったの?』
『…昇格して、忙しくなったんだよ。何だよ、それがどうし――』
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