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壱 地上の送人
「や、やめてくれ…」
今、一人の男が何者かに寝床を襲撃されている。男は数多の盗みを行ない、その上大噓つきであった。前科多数のこの男は30代で、持病などなかった。そんな彼に訪れた一人の黒髪の青年。しかし、人ならざる者の気配があるし、若い見た目に反して高貴で冷酷な感じがある。
「何故私を――」
「やめるも何も…貴様は50も盗みを行い、村の者共に嘘をついて回っていたそうではないか。倫盗に妄言――重罪人ではないか。貴様には地獄から直々に迎えが来ているのだ。」
「じ、地獄だと⁉まさかきさm――」
男の言葉を遮るかのように、青年は男を静かに斬った。するすると出てきた魂をそっと拾い上げると、青年は赤黒い火を手から出し、残った骸に点火した。そしてその中に魂も入れ、男の小屋を後にした。
「あー、疲れた…」
青年は自らの小綺麗な家へ着くと、先程と同様に火を灯し明るくした。
無論、この青年はただの人間などではない。牙や角など目立ったものはないものの、耳は人間のように丸さは帯びておらず、背もこの辺りの人間よりずっと高い。
「しかしあの男…我が地獄の鬼と気付いておったな。もっと早くに処すべきであったか…?」
青年は地上のものではないし、ましてや人間ですらなかった。彼の名は焔岳、地獄から派遣された“送人”という職の者である。あの男のようなリストに名の載っている罪人を狩り、地獄へと送る仕事をしているのだ。地獄では結構な高官にあたるのだが、焔岳はこの仕事をあまり好んではいなかった。仕事は真夜中に行なわねばならず、かといって昼間は人間たちと触れ合いこの社会に溶け込まねばならぬのだ。そのため疲労困憊で、しかも仕事後の血の匂いを消すのにも時間を費やしている。
「…何故、我はかのようなことをしているのだろうか…」
比較的大きなこの家には、人一人が入れるくらいの狭い洗い場が設けてあった。まだ庶民は公衆浴場を、貴族ですら占いで風呂に入る日を決めていたような時代だが、焔岳は正体がバレないように定期的に自宅で身を清めていたのだ。いつものように彼は返り血を洗い流すと居間へと戻り、着替えてからそのまま床に寝そべった。外には美しい十三夜の月が――
「…もう中秋か。人の世は早いな。」
焔岳はそう呟き、月を眺めていた。
焔岳には幼少期の記憶はない。なので、焔岳は恐らく孤児である。が、今から300年前には既に官吏の職に慣れていた。当時の彼は人間でいえば13歳程の体だったが、とても聡明かつ優秀であった。
『焔岳、其方のその教養はどこで?幼馴染の私ですら、見当がつかない。』
『憂檀氣、手を動かせ。火の管理があるだろう。他にも追加の罪人も――』
『たまにはいいでしょう?休息も必要ですよ。』
幼馴染である憂檀氣が、いつか彼に問うたことがあった。金の長い髪に黒い一本角の生えた、100歳は年上で背の高い幼馴染。焔岳も男の鬼にしては髪は長い方なのだが、憂檀氣の髪は彼にとってずっと憧れであった。そんな彼も同じく孤児であるらしいが、彼もまた優秀であり、二人揃って灼熱地獄――八大地獄の上位の方――に配属されていた。しかし、憂檀氣から見ても焔岳は極めて優秀であり、一度大焦熱地獄への異動も推薦されたくらいだ。
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