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『…覚えておらぬ。気がついた時にはあの院の門前にいた。しかし勉学や作法は頭に入っておった。それが我の最古の記憶である。』
『もう、そんなことを言って。流石に誰にも教わっていない、はないだろうよ。』
『それは我もつくづく思う。しかし、どうしても思い出せぬのだ…』
『成程…ならば私と会う前は、君の中ではないも同然なのだね。』
『ああ。…仕事に戻るぞ、熱が冷めてきた。ああ、寒い。』
余計な質問は受けないぞ、と言わんばかりに、焔岳は仕事を再開させた。火が足りないなどとぶつぶつ言って、彼は赤黒い炎を灯した。それを見ていた憂檀氣は、ふと思っていたことを口にした。
『…君のその“力”、便利だよね。』
『ん?まあ、言われてみればそうかもしれぬな…少し寒ければすぐに灯せるしな。』
『贅沢だねえ…これだけいる獄卒の中で、ほんの一握りしかいない“獄炎使い”は…。あんなに神聖なもの、私ならば罪人共を丸焼きにするだけで十分だよ。』
『何を言う。使えるものは使うべきだろう。』
『はは、焔岳らしいね。』
そのように談笑していたところで、焔岳はまだ仕事の最中であったことを思い出した。目の前の罪人たちが刑罰を受けるさまを観察しなければならない。そう意識を向け始めた時だった――
『いやあ、君の“獄炎”は素晴らしいな。』
『!かっ、監督!』
『出向いていただきありがとうございます。』
二人の上司にあたる鬼が、姿を現した。三つ目のその鬼は、手にしていた書類をパラパラとめくり、一枚の紙を焔岳に見せた。
『これ、君に。』
『…送人、ですか?』
『その推薦書だ。閻魔庁から直々にね。受けてくれるか?』
『送人だって⁉エリートじゃないか、こんな機会滅多にないさ。』
『それもそうだな…では、引き受けましょう。』
焔岳は少し悩んだが、快く受け入れた。すると、三つ目の鬼は焔岳の頭をがしと掴み、ガハガハと笑って言った。
『君ならそう言うと思った。じゃ、今から閻魔庁行って閻魔大王と面接だ。今すぐにでもとのことだ、急ごう。』
『え、そんな急に…憂檀氣、止めて――』
『行ってらっしゃーい。』
『は…薄情者ーっ!』
それからの流れはとても早かった。本当に閻魔庁に直行し、大王の部屋の門を叩くとすぐに通された。地上で直接罪人を処罰する仕事であると説明され、その他諸々の説明事項も頭に入れた。すると一晩閻魔庁に泊まることとなり、翌朝にはもう地上へと出発させられたのだ。
『――では、もう明日の朝には地上での仕事を始めなさい。』
「…何て大王は仰っていたが、流石に早すぎるだろう…それに、思っていたより疲れる…」
焔岳は昔のことを思い出し、そう独り言ちた。しかしここで違和感を感じる。先程まで暗く月光が射していた筈である。しかし今はどうだ、辺りがとても明るい。それに、少し暑い。焔岳はあのあと、眠ってしまっていたのだ。
「この我が…不覚」
火はとうに消えている筈だから問題ない。問題は、いつも掛けている筈の布を一切掛けていなかったのに、今体の上に掛けられている点である。誰か、此処に来たのだろうか?それにしても、何故。そう思考していると、一人の女の声が聞こえた。
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