日常っ!

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日常っ!

 あぁ、昨日の撮影の疲れで寝ちゃってたか。  撮影後に動画の編集もしていたせいで今日はほぼ徹夜で登校している。大講義室の一番後ろの席で、机に突っ伏す形で堂々と寝てしまっていた。 「ラナさん、今日もお疲れですね~」  隣からふんわりとした声といい匂いが降ってきた。 「いやぁ、成長期なのかな~、えへへ」  突っ伏した姿勢のまま、軽く冗談を返しながら左を向くとそこにはゆるふわのロングヘアの黒髪美女が「うふふ」と微笑みをくれていた。 「まあ、ラナさんったらお顔にペンのインクが・・・ウヒヒヒ」  即座に折り畳みの小さな鏡を取り出して確認すると、おでこにノートの文字がクッキリ写っていた。それも「マクロ経済」という文字が。 「マリア、見てて。私!マクロ経済マン!」 「イヒヒヒヒ、おやめください~、ウヒ」  やけくそでウルトラヒーローのポーズを取りながらおでこのマクロ経済の文字を見せつける。爆笑してくれているこの子は、大学での私の数少ない同級生の友人の一人佐藤マリアである。  雰囲気や話し方どおりのお嬢様で、スカート以外の服装を見たことがないお上品な女の子だ。大笑いした時の笑い声がちょっと変なところが玉に瑕だけど、本当に裏表がなくて優しい。 「ウウウ、ウヒィ。あら、ペンが落ちてしまいました・・・どこに」  机の下に頭を突っ込んで、ゴツンゴツン頭を机にぶつけながら、その度に「アタ」と呻くマリア。そうだ、このお茶目などんくささもある意味では欠点なのかな。ほほえましいけどね。  必死にペンを探すマリアの横で、伸びをしながらあくびをする私、そんな2人につかつかと近づいてくる人物がいた。その人物は軽くため息をついて、足元に転がっているピンク色のペンに手を伸ばした。 「ほら、これでしょマリア」 「アタッ、あぁこれです、ありがとうチトセさん」  ペンを差し出した女の子にマリアが礼を言って受け取った。 「見て見てチトセ。ほらっ!私、マクロ経済マン!」 「まーた寝てたんだ、もうノート貸さないから」 「あ、ちょっと待って!これは誠に失礼いたしました!」  また「ウヒぃ」と笑ってくれたマリアとは対照的に、さらりと冷静に躱されてしまった。このチトセのノートが無いと非常にまずいことになる。  朝倉チトセはマリアと同じく数少ない同級生の友人であり、かつ学部トップの成績を修めている秀才なのだ。講義は必ず一番前の席に陣取り、教授の話を一言一句聞き漏らさない気迫で臨んでいる。  ショートボブで切れ長の目をした外見通り冷静沈着なサバサバ女子だ。本当に勉強ができるので、なんでこの私立大学にしたのか一度聞いたくらいだ。  決して入試難易度低くないし、むしろ地域では名が通っている大学ではあるが、チトセなら国立の大学にだって楽に行けただろう。そう問うと、「この大学は入試トップだったの。それで授業料・学費全額免除になったから」と事もなげに返答された。  なぜ私みたいなやつと友達で居続けてくれているのか、本当に謎だ。 「よろしい。じゃ、次の教室に移動しよ」 「よかった~、今片づけるからちょっと待ってね」  机に散らばったペンや真っ白なルーズリーフ、そして鏡なんかをカバンに詰め込む。  大学4年生にもなると、卒業に必要な単位も大方取り終わり、ほとんど大学に来なくなる人が大半になる。  私は例外的に、真面目に授業に出ていたにもかかわらず単位を落としまくってきたせいで単位がまだ足りずあくせく出席しなければならない。  2人はゼミ以外もう講義に出席する必要はないのだけど、それでは寂しいからと週に2日ほど時間を合わせて同じ講義を受けてくれている。  そもそもチトセは4年だからといって手は抜かず、精力的に講義を取っているけれど。 「お待たせ、次は東棟の5‐Bだったよね」  3人並んで次の教室に向かって歩いていると、一人の男子とすれ違った。「お、ラナじゃん」と背後で名前を呼ばれ振り返る。 「だから、下の名前で呼ぶな。高田」  半分睨みながら男子に返事をする。その反応を見て「吉川さん」と言い直したが、その顔はニヤッと笑っている。 「幼稚園からの付き合いじゃないですか、寂しいなぁ」 「何?ウザいから。さよなら。」  この男子は、高田ケンタロウといって一言で表現するとウザい男。実際お互いの実家が同じ地区のため、幼稚園から小学校までは同じところに通っていた。  正直に言うと、その当時は仲が良かったとは思う。しかしこれまた偶然にも、私が中学受験を決め塾に通い始めると高田も同じ塾に通い同じ中学を受験することとなった。  ちなみに、その中学というのが今私が通っている大学の付属中学であり、中・高・大とエスカレーター式の学校である。  中学受験の結果は、私が落ちて高田が合格した。この時から、高田が私に対して猛烈なからかいや悪戯をしかけてくるようになった。  不合格になった恥ずかしさも相まって、高田への嫌悪感は一気に高まり現在に至る。結局諦めきれずに大学受験でこの大学を志望し、合格できたはいいものの、エスカレーター式に大学に進学した高田は、またしても執拗に私に絡んでくるのだった。 「おいおい、ホントに探してたんだよ、待て待てって」  早足で立ち去ろうとする私たちの前に小走りで先回りしてくる。 「何!?」  カバンから携帯電話を取り出し、耳に当てる。この様子をマリアはニコニコと、チトセは興味なさそうに横で見ている。 「警察を呼ぶな、そんな気軽に!話があるんだよ」  どうせしょうもないことをまた言い出すに違いない。無視するに限る。 「合コン参加してくれ!」
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