ひとつはふたつに分かたれた

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 しゃん、しゃん、しゃん、と。  腰から提げた銀の鈴の()を響かせながら、鈴音(りんね)は屋敷への道をひた走る。青い着物の裾を翻し、草履を雨上がりの土で汚しながらも。  大人になる準備を迎えた少女の頬は赤く上気し、まだ残る幼さを強調する。 「揺音(ゆりね)!」  ほとんど歓声に近い、弾んだ声で名を呼びながら屋敷に飛び込み、鈴音は草履を玄関に脱ぎ捨てると、屋敷の一室へ飛び込む。  からからから、と鳴子が揺れ、音の主が「鈴音」と、鈴音と同じ声で呼ぶ。  この世で一番大好きな、もう一人の鈴音。愛する片翼。  赤い着物を羽織った双子の妹、揺音は、部屋に飛び込んでくる姉の方を向いて、儚げな笑みを浮かべる。 「ふふ。大はしゃぎのお転婆さん。今日は何を見つけてきたの?」 「もう。それじゃあ私がいつもあちこち無為に走り回っているみたいじゃない」  鈴音はぷうと頬を膨らませ、しかしすぐに不機嫌を引っ込めると、手にしていた白い花を、妹に差し出す。 「隣の花舞の翁にいただいたのよ。揺音に渡したくて」  花は小ぶりな鈴のようで、小さく揺れている。双子を象徴するような花を、しかし揺音の手は、すぐには受け取らずに、(くう)を彷徨う。鈴音は瞳を憂慮に曇らせたが、ぱっと笑みに取って変え、揺音の手の中に花を託した。 「良い匂い」  揺音が花を撫ぜ、その香りをうっとりと吸い込んで、微笑を浮かべる。  彼女の瞳はしかし、花を見つめてはおらず、虚空を求めていた。
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