80日目

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頭の横には周の肘があり、なるべく重くないようにと体重をかけているようだ。そのせいか足元の注意が疎かになっており、意地悪く膝を動かすと、はっきりと形を変えた熱に触れた。 背中に回した手で何度も優しくなで上げる。着物の下はがっしりとした体があり、しなやかな筋肉がついていた。項を撫で、腕に触れ、その美しい肉体を堪能する。 「こら、あんまり悪戯をしてはいけないよ」 「嫌いじゃないくせに」 「それは、まあ」 周の手が、仕返しと言わんばかりに肌に触れてきた。白くて長い指が肌をなぞる。その動きはあくまでも優美で、まるで琴を奏でているかのようだ。でも、実際は的確に俺の性感帯を弾いているだけ。 美しく澄んだ音ではなく、男の、声変わりはしていないとはいえ、紛れもなく男の喘ぎ声だけが響き渡った。 「んああ、あ、っ、あ、あまね、っ、そこっ」 「気持ちいい?」 「いい、いいからぁ……っ!」 脇腹を撫であげられた時には、もう涙の混じった声で名前を呼ぶことしかできなかった。なんだってこうも上手いんだ。 疲れ切っていると、稀に性欲が溢れることがあると聞く。今日の周はまさしくそれだったんだろう。おまけに体の緊張を解すお茶も飲んでいたから、抑えることが出来なくなった。以前、酒を飲んだ時に似ている。でもあの時と違うのは、お互いがお互いをはっきりと求めているということ。 俺も、周も、自分の意思でお互いを求めていた。 「ね、もう、触って、お願い」 「夜鷹……」 許しを乞うように周の手を取り、そのまま下へと導いていく。下履を少しずらしただけなのに、隙間から勢いよく性器が飛び出してきた。今までほとんど触れることも無く、他人に見せたことさえなかった場所を。 周の、大きくて熱い手が。 「は、あ、あ……っ!」 ぎゅう、と握りしめた。ゆっくりと包み込み、長い指が絡められ、ぎこちなく擦られる。頭の中がビリビリ痺れた。 浅くなる呼吸の合間に周の名前を必死に呼ぶ。腰が震えて、涙が流れた。次第に周の手は激しく動き始め、思わず下半身を擦り付けてしまう。自分の呼吸が、ますます乱れていく。 「あ、あ、っ、ああ、っ、あまね、っ、ぅあ」 余りの快楽に視界が狭くなる。涙で滲んできた。ぶるぶる震える手で、なんとか周にも、と思いながら天を突く魔羅を握りしめた。 「よ、だか」 「んっ」 逞しい腰がぶるりと震えていた。それでも、手のひらに力を込めるとすでに硬いそれは、ますます熱さを帯びていく。先端からはだらだらと先走りが流れ、布団の中からでさえぐちゅりと音が響く。 口で慰めたこともあるのに。今更、驚くことでもないのに。興奮で、口の中に唾液が溢れてくる。陰間になっても、決して男の魔羅など触れるものかと思っていた。そうして歳を重ね、そのままどこかに流れていくのだと思っていた。それなのに今、俺は自分の意思で手を伸ばしている。 全く想像していなかったことなのに、それが周のものだと思うとまた情欲が湧き上がってきてがむしゃらに手を上下させる。我慢できなくなってしまう。少しでも気持ちよくなって欲しい。そう、俺が思うのと同じように、周も手つきが激しくなっていく。 「んう、ぅ、あ、あまね、っ」 「夜鷹、よだか……っ、あ、っ、ああっ……」 耳元で、荒く重たくなった周の吐息が聞こえてきた。性急で甘さを堪えきれない声は、きっと俺も同じなんだろう。身体中の快楽が下半身に集まってくる。頭のてっぺんまで甘い痺れが走り、喉の奥からは涙混じりの嬌声が溢れてきた。 周、と呼んだ直後、熱が一気に弾けた。呼吸が止まる。全身がぶるぶる震え、腹に熱い迸りを感じた。その一瞬後に、今度は周の呻き声が耳元で聞こえ、同じように腹に白濁をかけられる。お互いの手のひらは、すっかり汚れきっていた。 「はー……っ、あ、っ……」 俺を押しつぶさないよう、ゆっくりと周の体が覆いかぶさってくる。汗をかいてしっとりとした肌が重なる。二人分の精液は確かにベトベトしていたし、青臭い匂いは隠しきれない。 それでも、胸の奥にあるのはそれ以上の満足感だった。 「あまね……ねむい?」 「うん……ごめん……」 「いいよ、このまま眠って」 「ん……」 焼き焦げるほど熱を帯びた体をそっと抱きしめる。汗でわずかに湿った髪を撫でて、そのままつむじに口付けを落とす。荒いままの呼吸が、少しずつ穏やかになっていき。 ゆるゆると体が弛緩していくのを全身で感じながら、揺らいでいく意識の中で、周の掠れた声が聞こえた。 「り、ん……」 「えっ」 その言葉に、急速に意識が覚醒する。 今、なんと言った。 どうしてそれを知っている。 いや、偶然かもしれない。そうに違いない。でも、どうして今、その言葉を。 「周、周……なあ、今、なんて言った」 耳元で呼んでも返ってくるのは寝息だけ。夢も見ないほどぐっすりと眠っているようだ。一人取り残された気分になり、頭の中にはぐるぐると思考が回る。 確かに、「りん」と言った。それがどういう意味を持つのか、周に尋ねてみないと分からない。でも、間違いなく俺を見てそう言った。 だとしたら。いや、でも。そんなはずはない。だって「それ」を知っているのは、この世でもう数人しかいないはずだから。 「貴方は一体、何者なんだ……」 抱きしめてくる腕はあたたかいのに、頭の端っこは冷静になっていく。明日、また来た時に聞けばいいかと思いはすれど、果たしてどんな顔をして聞けばいいんだろう。 それに、もし周が「それ」を知っていて、隠していたとしたら。一体どんな理由があったんだろう。 分からない。何もかも。それでも今だ部屋に残る性の残滓は紛れもなく現実で、無我夢中で交わした口付けも幻覚なんかではない。 どうしたらいいんだ。俺は。あの頃よりも歳を重ねたはずなのに。 「姉上……兄上……どうしよう……」 溢れてくるのは、幼い頃と変わらない泣き言だけだった。
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