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私、監督のこと噛みませんから撮影続けて下さい!
その瞬間走馬灯のように記憶が蘇ったのは、アイドルごっこをしている中学生時代。夢って叶わないから夢なんだと思っていたあの頃。
私、このまま死ぬのかな。走ったら、気分が良くなってきた。手はカサカサになってシワシワ。この数分で一気に老けたみたい。
アイドルのままで死にたい。ゾンビ化して死ぬんじゃなくてアイドルのままで。
監督、今頃逃げ出してる。マネージャーが私の異変に気づいて何か叫んでいる。
「そんなぁ! カノン!!!」
そっかぁ。私じゃなくて、心配なのはセンターのカノンだよね。
「宮田さん……助け」
助けてなんて言っても聞いてくれないんじゃない? あなたはもうゾンビよ? 誰の声か分からないけど脳内に木霊する。きっと、私の声。私、花ッピ・ラングドシャのハルカは、命乞いなんかしない。アイドルらしく死んでやる! アイドルは夢を叶えるもの。だから、映画撮影を続行してもらわないと! これが初の短編映画なんだから!
真っ先に監督を見つけた! 逃げてる。スタッフと数人で。行き先は裏の楽屋かな? 先回りしちゃお。ゾンビ化しつつある身体。もう誰にも襲われない。もしかして臭うのかな? やだなぁ。メイクも落ちてきた。鼻がムズムズするなぁと思ったら血出てるみたいだし。顔が崩れたりするのかな?
楽屋に誰よりも早くたどり着いて、メイクを直す。ファンデーションだけ塗るだけでもだいぶマシかな? でも、アイライナーも入れとこ。
よし、メイクもバッチリとまではいかないけれど、可愛さは八割ほど回復したかな。
「ちょっとハルカ!」
後ろからドアを開け放ったのはカノン。突然、何を騒いでるの? あれ? カノンはゾンビになってないの?
「ねえ、その血糊って」
「カノンん! 無事で良かった。私はたぶんもう駄目だからね、こうしてメイクし直してるの。ねえ、お願い、監督がこっち来るでしょ? 撮影続行お願いしてくれる?」
「ハルカ……何言ってるの?」
「私、このままだとゾンビ化しちゃうでしょ。うわ、また鼻血だ。だからね、私の最後の菅田、ドキュメンタリー映画でもなんでもいいから撮影して欲しいの」
面食らったカノンの後ろから生存者が逃げ込んでくる。そして、先着の私に向かってぎゃあああ! と叫ぶ。ちょっとふざけないでよ。私の顔、ちょっと白く塗りすぎたけどこれくらいの方が可愛いでしょ?
「カノン! こっちへ来るんだ」
「あ、宮田さん! ハルカもそっちに呼んでくれないんですか?」
「な、なにを言ってるんだハルカ! き、き、君はもう」
「まだ、自我持ってるでしょ?」
自我ってアイデンティティーって言うんだっけ? アイデンティティーってかっこつけた方が良かったかなぁ?
ねえ、どうしてそんな恐ろしい顔するの? ゾンビの私から思うに、人間てほんとブサイク。容姿がおかしくなった途端に私を仲間外れにするのね? でも、奇麗なものでしょ? 色白、鼻血、裂けた腹以外はおんなじ構造なのに。感染怖い? 今はコロナじゃん。みんなすでに怖い思いはしたでしょ? ゾンビが何よ。コロナで死ぬのとゾンビで死ぬのも一緒じゃん。死は平等ってやつ。
「あ、監督! 私、監督のこと噛みませんから撮影続けて下さい!」
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