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商品棚のいちごショトケーキとマンゴープリン
「はぁ!? な、な、な、何を言ってる!?」
「フィルムって高いんですよね? もったいないですよ!」
監督はマネージャーの宮田さんとドアに突進し、お互いがつっかえて外に出られなくなっている。パニックってほんと怖い。
「私からもお願いします」
嘘でしょ?
カノンも賛成してくれるの?
「花ッピ・ラングドシャとしてじゃなくても構いません。この混乱を撮影することに意義があると思いませんか? この異変は、人々に移るかもしれないじゃないですか。今この撮影現場で起こっていることは、外でも起こっているのかも」
そうだ。コロナだって、気づいたら世界中に広がっていたんだよね。
外がどうなっているのか? それに思い至った私達は楽屋のテレビをつける。
〈速報です。人々が突然、暴徒化し人同士を攻撃しています。暴動かと思われていましたが、何らかの感染症の可能性も指摘されています。避難指示が出ています。避難所では固まらず、お互いの距離を取って下さい。また、具合の悪い方は病院にも行かずに自宅で待機して下さい。不用意な外出は避けて下さい。避難所へ行くことが難しい場合はその場から動かず戸締まりをして下さい〉
「よし、やろう」
監督は天気の話をするように言った。額の汗が今は清々しくなった顔に張り付いている。
カノンは監督を動かすのも上手いんだ。そうか、だからセンターなんだ。自主的、リーダーシップ、不自然にならない愛想笑い。
私にはないもの。
私はじゃあ、私は?
グバアァッ。
血反吐を吐いた。よだれが糸を引く。バッチリ撮影してくるカメラを持つ監督。
まあ、いいや。頭が痛いから、早く終わらせちゃいましょ。しっかり撮ってよね? 私はもう生きられない。
後ずさる監督、ドアノブをやっと回せたマネージャー。外に出て逃げる彼ら。カノンも。
いいわ、カノン。やってやる。メンバーを襲うなんてセンセーショナルじゃない? 悲劇のヒロインになれるわよ?
だけど、私の前に立ちはだかったのはまさかのマネージャーの宮田さん。
「カノンにだけは手を出すなよハルカ!」
「ねえ、どうして? 私、同じメンバーなのにどうしてこんなに比べられるの? 競い合わされるの? 今までそれは売り出し方の一つだと思って納得してた。でも、違うよね? 宮田さんの一番売りたいものって、私達メンバーじゃなくて、カノン一人だよね?」
宮田さんは答えない。答えられないよね。宮田さんの全てはセンターで輝くカノンのためにある。スケジュールもカノンが動きやすいように組む。メンバー最年少で一番大人びているカノンに感じられる将来性に投資したいんだよね? それはカノンの人望? 宮田さんは一種のファン? カノンという存在そのものがアイドル。華があるという言葉は、普通の人間ではいつまで経っても使えない。華って何? 光るものを持っているって何? 光ってなに? ステージの光のこと? 私には分からない。ステージに上って見えるのは私達を文字通り見に来た男性客ばかり。親でもないのに私達の身長、体重、血液型、好きな色を知っている彼ら。私達は……商品棚に並んでいる商品なんだ。
だけど、カノンと私を隔てる壁がある。同じアイドルのタグをつけられた私を選ばない客がいる……。私とカノンはいちごショートケーキとマンゴープリンぐらい違うよね?
だけど、カノンのいちごショートケーキにはマンゴープリンは年間売上で勝てないんだよ。
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