叶えないと

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叶えないと

 宮田さんの腸を引きちぎる。ぶちゅりぐちゅり。アイドルらしからぬあるまじき恥じる行為。  一番愛してくれた人を食らうのは、カノン。  私より先に白目を向いて、なにその変顔。ゾンビになってまで笑わせないでよ。  「カノン、早すぎるでしょ。私、まだ自分の意識あるのに」  カノンは言葉を理解できずに宮田さんの腹に指を突っ込んでいる。そこから蛍光灯の下に引きずり出される無防備な腸。  血の気の引いた顔で撮影する監督。あーあ、カノンは根っからの役者だよ、ほんと。どこで感染したのか知らないけれど自分が感染したと悟ったから私の意見に賛成したんだ。そして、私より先に良い見せ場を演じて撮影してもらうなんて。 「ねえ、腸に何詰める?」私は監督に尋ねる。監督は、逃げ腰で廊下の突き当りまで走った。 「腸にはハーブとオリーブオイルで痛めた私の肉をご飯と一緒に詰めてよ? ピラフみたいで美味しいよ」  監督は、とうとう屋外に走り出す。私はその後を全速力で追った。監督は足が早くて、駐車場まで走って行った。  衣装さんと照明さんといっしょにバンに乗り込んだ監督。私もドアが閉まる前に滑り込む。 「きゃあああ」  衣装さんは私の顔を叩いた。そんなに叩いたらブサイクになる。やめて、私、まだやれることいっぱいあるの。 「監督撮り続けて下さい」 「無理だ。ここから、逃げないと! 君も降りろ!」 「危害は加えません。ゾンビになるまでは。だから撮って下さい!」  後部座席に座った私の後ろの窓をゾンビが布団たたきよりも激しく叩く。肝を潰した監督はエンジンをかけてバンを走らせる。 「監督、腸にイカともち米を詰めたらイカ飯になりますか? 私、今料理チャンネルの案を閃いたんです!」  監督は、しぶしぶ運転を照明さんに変わって私にカメラを向けた。きっと酷い顔をしていると思う。左目にモヤがかかって見えなくなってきた。自分の声も遠くで聞こえる。 「僕は君を売るために撮るんじゃないことだけ伝えておく。これは、記録だ」 「監督ありがとうございます! 私、今頃どうすればいいのか分かってきました」  監督は冷や汗をかいている。かなりリスキーなことをしていると自覚しているらしい。照明さんの運転がだんだん荒くなって、ときどき座席で私達はバウンドする。私一人だけラッキー。痛みは感じない。ああ、これが死か。死は無だと思ってたけど、心の整理さえつければ案外割り切ることができるのかもしれない。だって、私もうお母さんに会えなくて悲しいと思うけれどそれよりやっぱりアイドルになりきれなかったことが悔しいもん。  目の前が真っ赤になる。目に浮かんだと思った涙は、血だった。こんな最後あんまりだよね? 夢は叶えないと。叶えないと……。
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