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私は面食いというものについて考えながら、蒼の顔を見た。面食いと言われればそうかもしれない。だって蒼の不細工な顔が好きだ。小さな丸い顔に大きな目、笑うとしわくちゃでパグを通り越して梅干しだった。そんな顔がたまらなく愛しい。
私は蒼からそっと目を反らした。
「……面食いっちゃ、面食いなのかもね」
「でしょ?」
蒼はからから軽やかに笑う。よく笑う蒼が好きだ。笑えば笑うほど遠く離れた場所へ行きたくなる。蒼が見えない南の島とか、極寒の北の大地とか、私が冒険者ならよかったのに。それかサンタクロース。一年に一回、眠る蒼をこっそり覗きにやってくるのだ。毎年プレゼントに悩みそうだけど。
「ねぇ、真輝。大学、遠くに行くんだって?」
「電車でたったの二時間だよ」
「さすがにその距離を家からは通わないでしょ」
「そうだね。受かれば家を出るかな」
受かる大学を受けるつもりだったが、必ずしも上手くいくとは限らない。そうなったら浪人で、また一年、蒼と一緒にいなくてはならなくなる。それを避けるために必死に勉強した。
「受かるでしょ。真輝って有言実行タイプだもん」
「そお?大学まで追いかけて来ないでよね」
私は冗談ぽく笑顔を繕った。追いかけてきて欲しい気持ちもあったが、そうじゃない気持ちもあって整理がつかない。
「さすがにそれはないよ。大学生になってもたまには家に帰ってきてね」
「……うん」
たぶん、帰らないんだろうなとぼんやり考えながら返事する。
「それからさ、あのシャツのことだけど、もう無理して犯人探ししなくていいから」
そのときの蒼のバツの悪そうな顔が、ずっと脳裏に突き刺さって離れない、今でも。
*
志望の大学に受かって、当初の計画通り私は家を出た。
まだダンボールの片づかない狭い部屋を見渡していると、窓から射し込む光が細く長く伸びて私の足元に届きそうで届かない。私たちはこれでようやく本当の姉弟になれるのだ。
窓からどこまでも広がる青空の一部が切り取られて見え、真っ白な雲の尾ひれが見えた。小さくて小さくて大きな世界。
今日は、姉弟日和。
(了)
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