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「弟」
伊折は動きを止める。
「弟?」
瞳孔が鮮やかに開いた。
「義理のね」
「名字違うもんな。あれ、何で名字違うんだ?」
「本当は一緒なんだけど、高校卒業までは旧姓を貫くらしいよ」
「じゃあ最近ってこと?弟ができたの。知らなかったな」
少しがっかりしたように見えた。
「三年前からいたよ」
伊折は眉間にシワを寄せる。
「三年前か……で、いじめるほど弟が嫌いな理由は何?」
私は迷わず答えた。
「嫌いじゃないよ」
「嫌いじゃない?」
「全然嫌いじゃない」
「じゃあ何でいじめるの」
伊折の口は半開きのままだった。
「いじめてるってほどじゃなくない?イタズラみたいな感じだし」
「やられてる方からしたらかわいいもクソもないけどな」
「本人も知ってるし」
「知ってんの?」
伊折は声のボリュームを上げた。
「知ってるよ」
「何か言われた?」
「何かって?」
「そりゃ、何でいじめてくるんだ、みたいな」
「言われないよ」
「……全然わかんないんだけど」
伊折の困惑が続く。
「わかんないだろうね。これは行く先もない歪んだ愛情だから」
「じゃあ優しくしてやれよ」
「だから歪んでるってゆってんじゃん」
私が少し苛ついた顔をすると、伊折は少しさみしそうに微笑んだ。私はいつも伊折にこんな表情ばかりさせているがどうすることもできない。伊折の儚げな表情が愛しくもあったが、蒼に対するそれとは比にならなかった。
嫉妬からくる犯行かとも最初は思ったが、賢い伊折がそんなあからさまなことをするとは思えなかった。
そもそも蒼と伊折は学年が違うから、シャツを切るチャンスがあっただろうか。着替えがあるのは体育の時間など限られているだろうし、伊折がわざわざ二年生の時間割を把握しているとも考えにくい。違う学年の教室などに出入りするだけでも怪しいし危険度が増す。
伊折なら誰にも気づかれないよう、証拠を残さず完全犯罪をやり遂げるだろう。
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