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「知ってますよ。なんなら、蒼のお姉さんになる前からずっと知ってました」
私は声を失う。
「……お姉さんになる前?」
「はい」
「蒼に聞いたんですか?」
「はい」
私は蒼から小野の話など一切聞いたことがなかった。隣の彼が誰であるのか全て自力で調べたくらいだった。そこはかとない嫉妬心がわくが、それは無意味なことだ。
そもそも私たちは家でたいした話をしない。たわいもない家族間の会話がほとんどで、お互いを故意的に避けていたわけではないのに、見えない壁があった。
「何て言ってました?私のこと……」
「もうすぐ姉ができるって真輝さんを見てそう言ってました」
初めて話す美しい男子に〈真輝さん〉と呼ばれた衝撃が大きくて体がぐわんぐわん揺れた気がした。しかしそんなことで怯んでいる暇はない。
「小野くんっていつも学力試験で二番ですよね?塾でも学校でも蒼には勝てない」
「まあ、勝てないですね」
「それってやっぱり悔しいのかなって」
一番になれないから、蒼に勝てないからいじめてるんじゃないの?さすがに最初からその質問はできなかった。
「そりゃ悔しいですよ。でも気にはしてないかな。いや、気にしてないは嘘か。勝ちたいことは勝ちたいですし」
「なるほど」
「ちなみに一番取ったことあるんですよ、蒼のいないテストでね。一瞬はうれしかったんですけど、その後は虚しさしか残らなかったな……あれはダメですね」
また検討違いの推理をしてしまったようだ。犯人は小野ではない。
私はそんなことを思いながら冷めたカフェオレを啜った。砂糖をたっぷり入れたつもりだったがまだほろ苦い。 じゃあ誰が蒼をいじめてるんだろう。
「で、本題は何です?」
「蒼に内緒にして欲しいんだけど……」
「はい」
「制服のシャツがズタズタに切り裂かれてたんだ」
「……初耳ですね。俺に言えなかったのかな」
「うん。で、私がしたことにしてるの」
「は?」
眉間にシワをを寄せた小野が私を睨んでいるように見えた。
「蒼が、いじめられてるって気がついたら生活に支障が出るよね?犯人は誰だろうって気になるし。だから私ってことでまとめてある」
「それってまとまってんのかな……とりあえず、そういうことにして裏で真犯人を探していると」
「そういうこと」
私は小野を正面から見つめた。
「それで、俺のことを疑ったわけですね。もう容疑は晴れましたか」
「はい」
「ならよかったです。真犯人は見つかりそうですか?」
私は曖昧に頷いて笑った。
犯人はたぶん、もうわかっていた。
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