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狐と狸
昴から中学生のような告白を受けてから、早一週間。
春樹は頭を悩ませていた。
理由は至極単純で、昴が触れてこないからである。
友との一件があった日、昴は疲れている春樹を心配し、安静にしているように告げると、足早に帰ってしまった。
その後もすでに4回も会っているにもかかわらず、春樹と昴は体を繋げていなかった。
春樹の仕事終わりに合流し、外で夕飯を済ませると、昴は「じゃあ、また」と、微笑んで去っていくのである。
外だとキスすらできない。手だって繋げない。
昴はそんな春樹の性格を知っているからこそ、前までは食事を終えると当然のように、ホテルへと向かい、部屋に入った途端、甘えてきたのだ。
それなのに、付き合ってからの方がお誘いがないとは何事だ。
そんなこんなで、最近の春樹の頭の中は「昴とヤりたい」、この感情で埋め尽くされているのである。
しかし、昴に対して、不安や怒りがあるかと問われれば、そういうわけでもない。
落ち合うとき、一緒に食事をしているとき、別れるとき、どの瞬間も昴からは春樹への好意が感じ取れた。
春樹が待ち合わせ場所に来れば、嬉しそうに微笑み、食事中には楽しそうにその日の出来事を話し、春樹の話も優しく聞き、別れる時はとても寂しそうな顔をする。
そんな昴の一瞬一瞬の表情や言動を見るたびに、愛されているなと、春樹はそんな風に感じることができた。
だから、飽きられたかもとか、自分とやりたくないのかもとか、今さらそんなネガティブなことを言うつもりはない。
基本的には昴の考えなんて、春樹にはお見通しなのである。(時に大きく予想を裏切られることもあるが)
だからこそ、ここは年上として、大人として、春樹がリードしてやることにした。
飼い主として、お座りしている犬に「よし」の合図を与えてやることにしたのだ。
ということで、土曜日の今日、春樹は昴を自分の家に招いたのである。
「ほんと物少ないよね」
「入るなりディズんなよ」
「ディスってないよ! 広くて羨ましいなって言ってんの」
昴は部屋を見渡し笑いながら言うと、ソファに腰掛ける。
昴はニコニコと春樹に会えてとても嬉しそうな様子だ。左右に揺れる大きな尻尾が見えるような気がする。
そんな昴を見ていると、そろそろ引っ越すかと、ふと、春樹はそんな風に思った。
もう、友のことは何とも思っていない。恐らく会うこともないだろう。
だが、なんとなく、友と過ごしたこの部屋にずっと住み続けるのは、昴に対して不誠実な気がしたのだ。
──なんなら、昴の卒業に合わせて一緒に住むのもありか……。
そんな考えがすぐに浮かんできてしまう自分に苦笑する。
やはり、重すぎる愛し方しかできないのだと自覚する。
最近は、朝起きてから夜寝るまで、ずっと昴のことを考えてしまうのだ。
一緒に居る時間はあっという間で、離れてる時間はひどく長く感じる。
「春樹さん、どうかした? はやくおいでよ」
ソファをポンポンと叩きながら昴が言う。
こういう時の昴の何気ない動作や表情で、自分達は同じ気持ちなのだと実感できる。
春樹は顔に力を入れ、ニヤけないように気をつけながら、昴の隣へと腰掛けた。
ギシッとソファが音を鳴らすと、昴と視線が絡み合う。
どちらからともなく、唇を合わせる。
啄むようなキスを数回した後、昴の舌が侵入してくる。
熱く柔らかいものが、口内で蠢くと、体がほてっていくのを感じる。
口蓋を探るように舐められると、たまらず体の力が抜けていく。
「……んっ、すばる……」
「春樹さん、いい……?」
熱っぽい瞳で昴が問う。
春樹はふっと微笑み答える。
「やっとかよ」
「だって……何かホテルだとまだセフレっぽくてやだったんだもん。でも俺は一人暮らしじゃないし……」
「そんなことだろうと思ったよ」
昴の予想通りの言葉に、春樹は微笑む。
「はぁー……。やっぱバレてたんだ……。だから今日、家誘ってくれたの? ほんと、俺かっこわる……」
尻尾と耳を下げ項垂れる昴を、春樹は引っ張り、ベッドへと誘導する。
「俺もしたくて限界だったから」
「うわっ……イケメン……。春樹さんには敵わないわ……」
歩きながら2人でくすくすと笑う。
ベッドの前に着くと、昴に優しく押し倒される。
「やばい、なんか久しぶりだから緊張するかも」
春樹の服を脱がせながら、そう言う昴に、春樹は思わず声を出して笑ってしまう。
「ほんと、可愛いやつ」
ふわふわの髪の毛を掻き回すと、昴は、予想通り唇を尖らせる。
「可愛いは嬉しくないってば……」
「なんでだよ。良いじゃん。犬みたいで可愛い」
春樹の服を全て脱がすと、昴は自身の服も豪快にどんどん脱いでいく。
「犬!? ひどすぎ……」
「うそうそ」
からかうように笑った春樹に、昴が再び唇を重ねる。
「……んっ……」
唇を塞がれながら、慣れた手つきで胸の突起を転がされると、体に小さな電流が走る。
「……っ、んっ、ふっ……」
思わず小さく声を漏らすと、昴は唇を離し、嬉しそうに口角を上げる。
「春樹さんの方が可愛い」
「……甘ったるいこと言うな……」
「ベッドの上でくらいかっこつけさせてよ」
「かっこなんてつけなくていい。お前はそのままで充分……」
春樹は言いかけて止める。昴の甘い雰囲気に思わず引っ張られてしまった。
「充分、なに?」
「……なんでもない」
今は体より、顔がひどく熱い。きっとらしくもなく真っ赤になっているのだろう。
そんな春樹を見つめ、昴が喉を鳴らして笑う。
「いいよ。言わなくてもわかってるし。春樹さんもそのままで充分可愛いし、かっこいいよ」
「な、なに言って──」
春樹の言葉は、昴の唇に飲み込まれる。
再び胸の突起を摘まれ、春樹は身をよじり、快楽を享受する。
「……やっ、あっ、んぅっ」
自分の甘ったるい声に耐えられず、春樹が思わず唇を噛み締めると、昴がすかさず唇を重ね、舌を侵入させてくる。
「んっ……ふっ……」
春樹がたまらず首を左右に振ると、昴は唇を離し、右手で春樹の頬に優しく触れる。
「春樹さん。春樹さんはそのままで可愛いしかっこいいって言ったでしょ? 声我慢する必要ないよ。春樹さんの全部を見せて。隠さないで」
「……すばる……。んっ!」
昴が、すでに昂りきっていた春樹の雄に触れ、反射的に体がピクリと跳ねる。
昴は優しく上下に手を動かす。
「んっ、あっ、あっ、やっ……」
徐々に激しくなる手の動きに、春樹は癖で声を噛み殺そうとしたが、やめてみる。
春樹も昴の全部を見せてほしいと思う。変わる必要も、自分の前でかっこつける必要もないと、そう思う。
そして、昴が自分に対して同じ感情を抱いていることを知っている。
もう、昴に全て委ねてしまっていいのだと、そんな風に思うと、自然と体の力が抜けていく。
「あっ、あっ、んっ、あっ……!」
先端をグッと強めに押されると、自然と腰が浮き、全身に電流が走ったような大きな快感を覚える。
「やっ、やめっ、あっ、んっ、いっちゃうから……! やっ、むりっ……!」
「いいよ。いって、春樹さん」
容赦なくグリグリされると、春樹はもう、嬌声を上げることしかできない。
「あっ、だめ……! やっ、いくっ! あっ、あぁ──」
恐らく自分史上最速で達してしまった。
春樹は、はぁはぁと胸を上下させ、呼吸を整える。
1人で盛大に達した解放感と羞恥心から、涙目になっている春樹に、昴は優しく唇を重ねる。
「続きして平気?」
このまま行為を続けると、自分が自分でなくなってしまうような気がして、春樹は正直怖かった。
しかし、捨てられた子犬のような瞳で見つめられると、断れるわけなどないのである。
春樹が視線を逸らし、コクリと頷くと、昴は分かりやすく嬉しそうな表情を浮かべる。
この顔を見ただけで、恐怖心も羞恥心も吹っ飛んでしまう自分は、なかなか重症だなと、春樹は心の中で、苦笑した。
「あっ、やっ、やっ……! んぅっ……! も、もういいっ!」
「だめだってば。久しぶりなんだから、ちゃんとほぐさないと」
とっくに、春樹の快感の在処を知っている昴は、春樹の後孔にある弱いところを入念にほぐす。
すでに指だけで2回程いかされている。
「んっ、あっ……、やっ、あっ、すばるっ! もう……いれろって……!」
「えー、でも、まだ指2本だし。じゃあ増やすね」
昴は指を3本にし、また一点をゴリゴリとほぐす。
「あぁ──!」
春樹はシーツをつかみ、身悶えるが、3回目の絶頂が目の前に迫ってくる。
「やだっ、あっ、あっ、やぁ、もう、むりだって……んっ、あっ……! やだっ、やだ!」
春樹の本気の拒絶の声に、さすがの昴も手を止める。
「春樹さん……?」
「やだってば……! もう指でいきたくない……お前のでいかせろよ!」
涙目でそう訴える春樹に、昴は額に手を置き、天を仰ぐ。
「……ほんっとに……」
「なんだよ」
「かわいすぎて勘弁してほしい。もう限界だわ」
「だから、はやく挿れろって言ってんだろ……」
昴は大きなため息をつき、春樹を抱きしめる。
「久しぶりだし、後ろからにしとく?」
「絶対やだ」
春樹の言葉に、昴がふっと笑い、ベッドサイドに用意してあったゴムを手に取る。
もう何度か見ているはずなのに、慣れた手つきで自身の雄にくるくるとゴムをつける昴に、なぜか春樹の心臓は激しく音を立てる。
以前から昴の雄は立派だとは思っていたが、今日はなんだか、いつもよりさらに大きい気がした。
それは春樹の中でこれからの行為への期待と不安が膨らんでいるからの錯覚なのか、事実、昴がいつも以上に興奮してくれているからなのかは分からない。
「春樹さん……」
昴が切羽詰まった声で名前を呼びながら、春樹に覆いかぶさる。
後孔に雄をあてがわれ、春樹はピクリと体を震わす。
そんな春樹の首元にキスの雨を降らせながら、昴は腰を進める。
「ぅあっ……! んっ、うっ、あぁっ……!」
久しぶりの灼熱に、春樹は思わず眉根を寄せる。
「春樹さん……だ、大丈夫……?」
そう言う昴もまた、苦しそうに眉根を寄せている。
正直、痛くて苦しい。
でも、そんなことより、昴と一つになれたことへの喜びと安心感の方が、はるかに勝っている。
春樹にとってのセックスは、ただのストレス解消だった。
溜まっているものを放ち、ふと感じる寂しさを瞬間的に埋める行為。そんなものだった。
でも、今は違う。
まったく違う人間同士が、唯一、一つになれる行為、体を繋げ、身も心も相手に許し、互いの輪郭が溶け合い、一緒になる行為なのだと、そんな風に思う。
「す、すばるっ、もっと……」
春樹はそう言いながら、両手を広げ、昴の首に絡ませる。
「……っとに……! もう、止まれないからね……!」
昴は熱っぽい声で叫ぶように言うと、激しく腰を前後に動かす。
部屋中に卑猥な水音が響く。
「あっ、あっ! やっ、んっ、ぅあっ……すばる、すばる……!」
大きすぎる快楽への恐怖から、昴の名前を呼ぶ春樹を昴が抱き起こし、子供を抱っこするような姿勢で上下に揺さぶる。
入ったことのない場所まで、昴の雄が挿入され、春樹は背中をのけぞらせる。体内に溜まった熱を逃そうと、恥も外聞もなく、甘ったるい声を上げ続ける。
「あぁっ──! やぁっ! あっ、あっ、んっ、やぁっ、も、もう……! んっ、あっ!」
「……っ、俺も……もうっ! 春樹さん、一緒に……一緒にいこう」
強く抱きしめられると同時に、最も弱い箇所を集中的に激しく突かれ、もう絶頂が目の前まで来ている。春樹も昴を強く抱きしめる。
「あっ、やっいくっ、いくっ、あぁっ……! んっ、あっ、すばるっ! すばるっ! うっ、 やぁっ……! ぅあっ、あぁ──!」
春樹は顔をのけぞらせ叫ぶと、昴と共に達した。
つま先はピンと伸び、軽く痙攣している。
目の前には星が散り、視界が歪んでいる。
そんな中でも昴の表情だけはしっかりと確認できた。
愛おしそうに自分のことを見つめる昴。
目の前でキラキラと散る星が昴と重なり、綺麗だなと思った。
こんな綺麗で、優しくて、暖かいものが自分のものになったのだ。
そう思うと、春樹は思わずニヤけてしまう。
「なに笑ってんの?」
そんな風に尋ねる昴もまた、ニヤけている。
昴も同じようなことを思っているのかもしれない、そう思うと、安堵感でまた頬がほころぶ。
「なんでも……ない」
そう言ってみると、舌が上手く回らなかった。安心したせいか、急激に眠気が襲ってきて、瞼がどんどんと重くなっていく。
「春樹さん、眠いの……?」
「うん……ごめ……ちょっと……寝る」
「うん、うん……! 寝て、ゆっくり寝て!」
昴は、なぜか満面の笑みで、心底嬉しそうに言う。
変なやつだなと思いながら、春樹は意識を手放した。
──そういえば人前で眠るのは、久しぶりかもしれない。
その日は変な夢を見た。
狐と狸が出てくる夢。
狐と狸って、物語の中ではいつも、ずる賢いイメージだ。
騙し合いをしたら、どっちの方が勝つのだろか。
そういえば、そんな昔話もあったような、なかったような。
どんな話だったかなんて、まるで覚えていないが、春樹の目の前の狐と狸はとっても仲が良さそうだ。
同じ円卓を囲み、2匹で仲良く油揚げを食べている。
その様子を見ていると、狐と狸は似たもの同士で、互いが唯一の理解者なのかもしれないなと、そんなことを思う。
だからこそ、どちらかが心を開けば、本音を話せば、きっと隣同士のパズルのピースのようにピタリとはまるのだろう。
美味しそうに油揚げを食べる狐を、狸は嬉しそうにニコニコと見つめている。
そんな様子を見ていると、春樹も心がぽかぽかしてきて、自然と笑みがこぼれる。
なんだか、無性に昴に会いたい気がした。
意識が浮上し、重たい瞼をゆっくりと開けると、ニコニコしながら春樹を見つめる昴が視界に入ってくる。
「……たぬき」
「狸!? 犬よりかっこ悪くなってない!?」
間抜けな声で言う昴がおかしくて、春樹はくすくすと笑う。
「ねぇ、なんで降格してんの? 狸ってひどくない?」
「たぬき……ばかにすんなよ……狸は油揚げくれる、優しいやつなんだぞ……」
「うん、春樹さん、まだ寝ぼけてるね」
「かわいいー」と言いながら昴は、布団ごと春樹を抱きしめる。
「まだ眠いなら、寝てていいよ」
子供をあやすように額にキスを落とす昴に、「子供扱いするな」と一括入れてやろうかと思ったが叶わず、瞼がまた重くなってくる。
昴の体温を感じながら、春樹は再びゆっくりと目を閉じた。
狐と狸の楽しそうな姿の続きを見れるといいなと、どこかワクワクしながら、春樹は昴の腕の中で、再び夢の世界へと飛び込んだ。
〜「狐と狸の化かし合い」完〜
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最後まで読んでいただきありがとうございました!
亀更新でしたが、スターやコメントに支えられて書き切ることができました!
改めてお礼申し上げます。
また次の作品でもお会いできれば嬉しいです!
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