狐と狸の出会い

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 カフェを出たのが20時くらい。その30分後にはラブホテルに着いた。  こんなに早い時間に来るのは初めてだ。しかもシラフとは。  色んな意味で戸惑いを隠せない自分とは対照的に、春樹は部屋に着くなりすぐにシャワールームへと入っていった。  別に、会ったその日に身体の関係を持つこと自体は、珍しいことではない。同じ状況を経験したことは何度もある。異常事態なのは、自分がなぜか妙に緊張していることだ。  自分の思考を無理やり推測してみると、春樹の乱れる姿を想像することができないからかもしれない。  現状の春樹の印象は大人びていて、綺麗で、人付き合いが上手そうで、仕事のできるサラリーマンといった感じだ。だから、ホテルに行くという考えが自分の中には全くなかった。  そんな自分の中の春樹の人間像と現状とのギャップが、この緊張感の要因なのかもしれない。 「お待たせ」  春樹に声をかけられ、顔を上げる。  瞬間、自分の思い描いていた春樹の人間像が間違っていたことに気づく。  横に流されていた前髪はストンと落ち、瞳がやや隠れている。そのせいか先程よりも柔らかい印象だ。スーツを脱いでバスローブ姿の身体は細くしなやかなラインを描いている。春樹の身体の全てが艶かしさを演出している。  この春樹ならば、ホテルに誘ってきた人物と違和感なく一致する。  心臓が奇妙な音を立て始める。 「俺もシャワー浴びてきますね」  らしくない心臓を宥めるためシャワールームへと逃げようとすると、春樹に手首を掴まれる。 「いいよ、別に。時間もったいないしヤろうよ」 「え、いや、汗臭いかもだし。春樹さんも浴びたんだし、俺も軽く浴びてきますよ」 「俺は気にしないから大丈夫」  そう言って、ベッドの方へと引っ張られる。意外と強引で性に対して積極的な春樹に驚かされる。自分の中の春樹の印象が、スライドショーのように次から次へと変わっていく。  ベットの前に辿り着くと、慣れた手つきで押し倒された。  リードされるのは嫌いではない(むしろ大歓迎)だが、男同士だとある不安がよぎる。 「ちょ、待って。俺、上でいいんだよね?」 「うん」  春樹は当然のように頷いた。それならばなんだこの体勢は。現在、昴がベットで仰向けになり、その手首を春樹が押さえつけ覆いかぶさっている状況だ。  昴は攻守交代すべく、春樹の手から逃れると同時に手首を掴み、くるっと反対の体勢にした。筋トレが日課なので、意外と力には自信があるのだ。 「じゃあこっちね」  そう言ってニヤリと笑うと、春樹は切れ長な瞳を少し見開いた。口もやや開いており、ポカンとした表情を浮かべている。  こんな表情もできるのかと、昴は呆気にとられてしまう。スライドがまた一つ横にずれていく。  この人はギャップが多すぎる。いや、そもそもこっちが真の姿なのか。カフェでの春樹は、素顔の上に被された仮面の姿だったのかもしれない。  その仮面の下には、一体いくつの表情が隠されているのだろうか。それを暴きたい気持ちに駆られる。 「昴くん、いいね」  しかし、次にそう言った春樹の顔には再び仮面がつけられてしまっていた。  嘘っぽい笑い。乾いた笑い。  それが悔しくて、どうにか取ってやろうと昴はシャツに手を入れ、行動を開始した。  まずは優しく焦らすように胸の周りに円を描く。春樹が身体をよじらせ始めたあたりで突起へと手を進める。 「……んっ」  突起に触れると春樹が吐息を漏らした。それだけで心臓をギュッと掴まれたような痛みを感じた。こんな感覚は初めてだ。  前戯をしてあげるのは好きだ。気持ちよくなっている相手を見ていると、なんというか微笑ましいというか、安心する。  変わってるのかもしれないが、自分は性行為に興奮するというよりは、安心するタイプだった。肌が重なり合うと、寂しさが紛れる。  でも、今は違う。春樹に触れる度、身体が熱くなり昂っていく。乱暴にならないようにと意識していないと暴走してしまいそうなほどだ。  それほど、春樹の身体は美しかった。  スラリと細く、でも決して女性らしくはない。柔らかくなく骨のしっかりとした男性の身体だ。  それなのに、とにかく美しい。キツめの顔つきとのギャップが、その美しさをさらに際立たせている。そして、その強気な表情が、たまに切なく崩れると、言いようもない感情が襲ってくる。  これまでの相手は男女限らず、素直な反応だった。気持ちよさそうな表情と声。それは攻める側としては素直に嬉しい。  でも、春樹は違う。  まるで、気持ちよくなっている自分に抗うかのように、苦しげな表情を見せる。声も時折、漏れてしまうといった感じで、嬌声を上げたりはしない。  その反応がむしろ、昴の身体に熱を与え、思考を鈍らせる。  脳に酸素を取り込むのを忘れないように意識しつつ、手を下に移動する。昂った春樹の雄に触れると、ぴくっと身体が小さく跳ねる。 「……んっ、ふっ……」  春樹が耐えきれず、少し声を漏らし、昴を攻め立てる。もっと声を聞きたい、その感情がさらに身体へ熱を与える。  正直、もう春樹の中に入りたくて堪らない。男性相手だといつもはもっと時間をかけるが、自然と春樹の蕾へと手が伸びていく。 「……んぅっ……」  春樹が少し苦しそうな声を漏らす。  やはり慣れているのだろうか。  春樹の蕾は、あっという間に昴の指を3本飲み込んだ。そのことに、なぜか少し胸がざわつく。  これは怒りや不満に近いざわつきだ。原因はわからない。わかるのは、自分の理性と下半身がもう限界ということだけである。  こんな余裕のない自分は初めてで少し怖くなる。自分がリードしているはずなのに、なぜかずっと追われているような感覚だ。身体全身に蛇がまとわりついているような感覚。とんでもない生物に捕らえられてしまったような感覚。  昴は堪らず、自身の下着を下ろし、春樹の蕾に押し当てた。  春樹の中に入ると、あまりの気持ちよさに、眩暈がした。余裕など微塵もなく、腰の動きがあっという間に激しくなる。 「あっ……、んっ……、んっ」  腰を振る度、春樹から吐息混じりの声が溢れる。  顔を真っ赤にし、息を荒くしている自分とは対照的に、春樹は未だに美しかった。セックスは互いがぐちゃぐちゃになり、汚くなる行為だ。だからこそ、精神的にもつながりが深くなるのだ。  それなのに、春樹は美しい。  よじる細い身体も。切ない声も。快楽に抗うように歪めた表情も。  そんな春樹に、興奮すると同時に苛立った。身体をつなげても、こんなに本性がわからない人は初めてだ。  苛立って、悔しくて、感情はぐちゃぐちゃなのに、身体は不思議な高揚感でいっぱいだ。  結局、自分史上最速で達してしまった。  自分がガキだと、春樹には見合わないと痛感させられたような気がした。 「春樹さんってなんなの」  不満げな表情で春樹に問う。こちとら体力が尽き、ベッドで大の字になって寝ているというのに、春樹は余裕の表情で冷蔵庫から取り出したビールを片手に窓際の椅子に腰掛けている。     ──普通逆だろ。体力バケモノかよ。  行為中も行為後も言い知れぬ敗北感があった。  恨めしそうに見つめる昴に、春樹は怪訝な面持ちで答える。 「なにその質問。ただの、しがないサラリーマンですけど」 「じゃあなんであんなエロいの。なんか負けた感すごいんだけど……」  頭を抱えながら言うと春樹は小さく笑った。仮面がほんの一欠片だけ剥がれた気がした。  それだけで、心臓が小さく脈打つのを感じる。これは嬉しさなのか苛立ちなのか。多分、半々だ。でもとにかく、この仮面をぶっ壊してやりたい。 「春樹さん、もっとそうやって笑いなよ。嘘くさいのじゃなくてさ」  正直者の自分が、欲望に忠実にそう言った。春樹は少し驚いた表情を浮かべた後、ふっと吹き出した。 「お前、面白いな」  そこには、また異なる笑みが浮かんでいる。なんだろう。嘘くさい笑顔ではない。でも、本気の笑顔でもないような気がする。気持ちはこもっているのになんだか寂しい笑顔だ。感情を噛み殺しているような。でも心底思っているような。  想像以上に春樹の仮面は分厚くて複雑な構造をしているようだ。 「ねぇ、次いつ会える?」  気づくと消えてしまいそうな予感がして、そんな風に問いかけた。 「あー、その前に確認しといていい?」  「なに」と問うと、春樹に鋭い瞳で捕われる。そして、殺風景な仮面をつけ言い放たれる。 「俺らセフレってことでいいよな? 無駄な詮索とかなしな」  その問いかけに、思わず言葉を詰まらせてしまう。レースに挑む前にフライングで反則になったような気分だ。 「なんで? 普通に仲良くなりたいんだけど」  なるべく感情を抑え問う。春樹は、最初に会った時の1番綺麗な仮面をつけて答える。 「俺、どっちもいける奴には絶対本気になんないから」  なるほど。自分はレッドカードで一発退場のようだ。そんな宣告されたら、抗議する気も起きない。でも、関係を途切れさせるのは絶対に嫌だった。  それに、こんなイケメンで大人な人とセフレになれるなんて喜ばしいことではないか。  潰されそうな心臓を必死に引き伸ばし、自分にそう言い聞かせる。 「わかった。じゃあ身体だけってことで」  喉に突っかかる異物感を無理やり飲み込みそう言った。  初めて自分の感情に逆らったような気がした。  
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