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彼女もパートの仕事をしていて、朝それなりの時間に出勤しなければいけない身であったはず。
どれほど忙しかったことだろう。同時に、どれほど自分は愛されていたのだろう、と思う。
――お母さん……。
本当は、彼女に心配されないくらい、立派な大人になったことを示したくて東京での一人暮らしを選んだはずだった。それなのに、現実の自分は。
――だ、だめだめ。今おセンチになってる場合じゃない。時間ないんだから。
小夏は感傷を振り払うと、ぱぱっとパジャマを脱いで洗濯機に放り込んだ。それから持ってきた普段着に着替えて、洗面所とキッチン、トイレのタオルを投げ込むのも忘れない。あとは台布巾、皿拭き用の布巾などももまとめて投げ込む。
カランの水を開けて洗剤と柔軟剤を投下し、洗濯機がごうごうと回り始めたのを確認したところで洗面所を出た。すると、キッチンではアリエルが、刻んだキュウリとハムを冷めてきたジャガイモ(潰してボウルに入れて扇風機で冷ましてたやつ)に混ぜているところではないか。洗面所に行っている僅かな時間の間に、随分工程が進んでいる。
「ああ、すまない小夏殿」
じゃがいもとハムときゅうり、それからマヨネーズを混ぜながら振りかえるアリエル。
「本来ならニンジンなども入れると栄養も丁度良いのだが、ニンジンは少々手間と時間がかかるので今回はナシにさせてもらった。冷ましている時間がもったいない。おぬしの朝ごはんも作らねばならぬのでな」
「朝ごはん、も?」
「そうだ。朝ごはんと、お昼のお弁当。両方一緒に作ってしまうのがお得であろう?」
「!」
もしやと思っていたが、彼は最初から小夏のお弁当まで考えてくれていたらしい。そこまでしてくれなくても、と思ったが本人はとても楽しそうである。
「何、もう少しで出来るから待っていろ!朝昼で同じようなメニューになってしまって悪いがな」
いや、それは全然かまわないし、全く気にしていないのだが。
とりあえず小夏は顔を洗い忘れていたことに気づいて洗面所に一度戻った後、とりあえずお茶を入れることにした。アリエルは、お茶ならば小さなコップで一杯くらい飲むことも“可能”だというので(ということは、実際はそこまで必要ではないのだろう)、彼にためにも一番小さなコップに紅茶を入れてやることにする。
ポテトサラダを作っているということは、彼は洋食にするつもりなのだろうか。そもそも、この家にご飯はないとさっき声が聞こえたばかりであったけれど。
――あ、そういえば賞味期限が近い食パンがあったような。そのうち適当にマーガリンでも塗って食べるかーって思って、面倒でそのままになっちゃったやつ。
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