<4・それはまるで恐怖政治。>

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<4・それはまるで恐怖政治。>

 少しだけ、肩の力が抜けた水曜日。  それでも会社へ向かう足取りが軽くなるというほどではない。自分は契約社員であるため、土日休みの完全週休二日制だった。わかっている、土日ちゃんと休めるだけ、自分はまだマシな方なのだということくらいは。甘ったれたことは言ってはいけない。そもそもすぐ面接でアガってしまう性格なせいで、他の内定がもらえなかったのは完全に自分の責任なのだから。  ゆえに、思ってはいけないのだ。まだ水曜日、あと三日耐えなければいけない――なんて。 「先月の営業トップは、宮下さんでした。今月もいい調子で契約を取ってるわね」  小夏たちの前で、ホワイトボードを指示しながら宣言するのは営業部の部長の大山美枝子(おおやまみえこ)である。小夏が勤務する、トクナガ不動産の影のボスと名高い女性だ。  にこにこと笑ってはいる。恫喝してくるなんて前時代的なことはしない。それでも、小夏達からすれば恐怖の対象に違いはないのだった。  何故なら彼女に嫌われたら最後、この会社ではやっていけないから。いわば、会社内で村八分にされることが目に見えているから。 「他の皆さんももっと頑張って頂戴ね。……特に、長谷川さん」 「!」  ああ、何でこの仕事を選んでしまったのだろう。  否、失敗したのはどちらかというと“この業界を”の方なのだろうか。何故自分は事務員として入ったはずだったのに、いつのまに営業の仕事をやらされてるんだろうか。一番向いていない仕事なのは間違いないというのに。そもそも、本来なら専門の資格がなければやれない仕事のはずなのに。  こうして朝礼で名指しされるたび、皆の視線が集まるたびに思う。――この場から、一刻も早く消えてしまいたいと。 「貴女、内見の数が多すぎるわ。宮下さんなんて、一回の内見でどんどん契約を取ってくるのに、貴女は何回やっても結局駄目……ってことが多いでしょう?私は心配してるの。この仕事、向いてないんじゃないかなって」 「す、す、すみません」 「ね、みんな応援してるんだから。頑張って頂戴ね」  言葉遣いは優しい。それでも、朝礼で、みんなの前でする話なのだろうかそれは。心配している、応援している、そんな言葉の奥に潜む“お前はお荷物なんだよ”の意。自分はみんなの足を引っ張っているだけなんだ、といつもそう思わされてしまうのだ。  こんなはずではなかったのに。  自分はただ、地味にコツコツと事務仕事でもなんでもしていれば充分だったはずだというのに。それで、生活費とちょっとオタ活できるだけの仕事ができていればそれで。 ――何で、こんなことになっちゃってるんだろう。  泣いてはいけない。分かっているのに、涙が滲みそうになる。小夏は俯いて、どうにか感情を抑えるだけで精一杯になっていたのだった。
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