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その結果わかったのは、美枝子がいわゆる“飲みニケーション”を大事にする、やや考えの古い人物であるということ。確かに、五十歳を超える彼女のかつての会社マナーではそれも普通だったのかもしれないが、令和の世の中にマッチしているとは正直思えない。誘った時、やや渋った顔をした数人を彼女は酔っぱらいながらネチネチと責めたのだった。
その責め方がなんとも厭らしいのである。男性ならよくあるような恫喝とか罵倒ではなく、ただひたすら笑顔で“貴女の為に言ってあげているのよ”“貴女は此処が駄目だから、私はとても心配なの”“このままじゃ貴女は何処の会社でもやっていけないわよ”的なことを繰り返すのである。あくまで、相手のために諭してあげてますといった口調。が、よくよく聞けば相手の悪いところをあげつらねているし、尊厳を貶めかねないキーワードも頻出する。生まれや環境を邪推するような差別的発言も多い。
その結果、責められた女性達は明らかに飲み会終わりには涙目になっていたし、ろくにお酒も食事も箸をつけられていない状態だった。しかも、会の終わりにはおろおろしていた小夏を名指ししてこんなことを言う始末。
『貴女も駄目ね、長谷川さん。全然注いでくれないんだもの、空気が読めない女は嫌われるわよ?』
小夏自身、お酒をそんなに飲む方ではない。時々カクテル系の甘いお酒をちみちみと啜るくらいで、知り合いと飲み会に行くようなこともほとんどなかったのだ。どれくらいで追加注文をするべきか、次を注ぐべきかなんてわかるはずもないというのに。
それからほどなくして、泣きそうになっていた同僚二人が仕事をやめた。
そして、同期で残ったのは小夏と二人の女性だけ。その中でも小夏は、明らかに悪い意味で美枝子に目をつけられてしまったのは明白であったのである。
営業の仕事に、真っ先に駆り出された。他の男性営業マンと何度か一緒に顧客相談や内見を経験した後、もう一人で営業をやれと放り出されてしまったのである。マニュアルも最低限しかなく、業界用語やルールだって全部覚えきれていない。そんな状態で、お客様に満足な対応ができるはずもないのだ。
そもそも、小夏は初見の相手では大抵アガってしまって使い物にならなくなるタイプの人間である。同人イベントで本を売ったり買ったりする時は“いつもの自分”でないのでどうにでもなるが、リアルの時間はなかなか難しい。そんな人間がどうして、人と接することができる不動産販売の営業ができるのだろうか。
正社員に上げてくれる、なんて話も完全になかったことになっている。
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