<5・シチューと涙。>

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<5・シチューと涙。>

 シチューは美味しかった。メンタルが崩れていると食事の味などわからないと聞いたことがあるが、少なくとも以前居酒屋で美枝子に豪華なおつまみをご馳走して貰った時よりは遥かに美味しいと思う。コストで言えば、明らかにあの時の方がいいものを食べていたはずだというのに。  彼が昼に買ってきた炊飯器とお米で、ごはんを炊いてくれた。3合までしか炊けない小さなものだが、ほとんど小夏しかご飯を食べない環境だからさほど問題はないだろう(まあ、その小夏が少々大食いではあるのだが)。ちゃんと安い炊飯器(それでいてちゃんと機能が充実している大手メーカー品)を買ってきてくれたあたり、なんとも空気の読める宇宙人である。  シチューとサラダ、白ご飯というシンプルな食事。でも、白いシチューの中には豚肉がごろごろしているし、人参やイモ、玉葱もたっぷり入っているしで栄養バランスは悪くない。きちんと水切りされたレタス、トマト、キュウリもしゃきしゃきしていて美味しい。――なのに不思議だ、美味しいと思えば思うほど、涙が出てくるのは。  シチューのジャガイモが口の中で溶ける。  柔らかい牛乳の味がしっとりと染み渡る。  なんでこんなに、泣けてくるのだろうか。 「落ち着いて食べればいい。食事は逃げないからな」  突然泣きついてしまったのに、アリエルは優しい。昨日と同じように、テーブルで小夏の前に座って声をかけてくれる。いいところの王子様だというから、教育が行き届いているのだろうか。少々出来過ぎている気がしないでもないが。 「昨日、おぬしと最初に会った時も随分疲れた顔をしていたなとは思っていたのだ。何かあったのだろうか。俺は地球のことに疎いから常識的な返答はできないかもしれぬが、それでも話を聴くくらいは可能であるぞ?」 「……あんた、ちょっといいやつすぎない?」 「突然部屋に押しかけて寝泊まりさせて貰っているという自覚はあるのだ。それくらいの報恩は当然ではないか?ルディア人は、受けた恩はけして忘れぬ質であるぞ。まあ、逆も然りなわけだがな」  きっと。  彼はまだ、自分に語っていない話がたくさんあるのだろう。よくよく考えたら、いくら国が荒んでいるからといって一国の王子を辺境の惑星まで派遣するなんてこと、普通はならない。彼が仮に次男や三男で跡継ぎでないとしても、それならそれで役目はあるのだから当然だ。  本当は、とても辛い経験をしたのかもしれない。小夏が思っているよりもずっと切羽詰まっていたのかもしれない。しかも、たった一人で地球にやってきて、その宇宙船が突然墜落したわけで。不安がないはずがないというのに。 ――私、やっぱ都合の良い夢でも見てんじゃないの。私みたいに、何の取り柄もない人間になんでこんなに優しくして貰えんの。  ああ、ルーの味がしっかり染みた人参が、甘くて美味しい。白いシチューは白ご飯に合わないと思っていたが、そんなことはないようだ。 「……殆ど、愚痴になっちゃうけど、聞いて貰っていい?」 「おう、良いぞ!何でも話せ!」 「……じゃあ、遠慮なく」  異星人の彼に、地球の労働環境のことなんかわかるはずがないとは思うが。それでもシチュー、ごはん、サラダを平らげたところでぽつりぽつりと小夏は話始めた。  自分が勤めている会社について。そして、自分の駄目っぷりについて。
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