<5・シチューと涙。>

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「ああ。その上で思うに。再三言うが、おぬしにはおぬしだけの価値があり才能がある。本来ならば、それを生かす職に就くのが筋だとは思うのだ。しかし、おぬしは今の会社に問題があることをわかっていながら、転職という道を選べずにいる。何故か?それは、合わない仕事をさせられた結果失敗経験が積み重なり、自分はダメな人間だと一種洗脳された状態にあるからではないのか?何度も言われたはずだ、“この程度のことができないなら社会の何処に行ってもやっていけないぞ”と」 「!わ、わかるの?」 「うむ、この日本で言うところのブラック企業なるものはルディアにもあったからな。良いか?それは部下を上手に生かし、育て、使うことのできぬ上司の言い訳なのだ。責任転嫁なのだ。おぬしに非がある、問題がある、自分はそれを育ててやっているだけにすぎぬと刷り込んでいる。そのような人を見る目もない上司の言いなりになる必要など本来あるだろうか」  つまり、と彼ははっきり告げた。 「大切なのは、おぬしが最終的にどうしたいのか、だ。今の会社で認められたいのか?それとも、もっと自分に合った職を提供してくれる場所で無理なく仕事がしたいのか?だ」  短いやり取りの中で、すっかり小夏の心は見抜かれたとうことなのだろう。  小夏がやろうとしていること、やっていることはつまり“嫌われないように、みんなの足を引っ張らないように、今の会社の無理な仕事を無理やり頑張る”というものである。合ってにないことは、自分でもわかっている。しかし、給料面や、転職への不満から仕事をやめると言い出せない。既にやむをえない理由とはいえ前職から転職している手前、履歴書に転職歴を増やすのも恐ろしいと思っているから尚更に。  本来、それは小夏の望みではない。それは、小夏自身が一番よくわかっている。もっと自分に合った仕事ができればそれが一番いいと。でも。 「……アリエルが、私を心配してくれてるのはわかるよ」  ちみ、とお茶を飲んで小夏は言う。 「褒めてくれるのも嬉しい。でも、私はやっぱり……転職って怖いよ。今の仕事と同じくらいの給料が得られる仕事って他にあるのかなって思うし、この歳でまた無職になるの怖いし……やっぱり、私にはできないことが多すぎる。そりゃ、大山さんとかは怖いけど……言ってることが全部間違ってるとは思わないもの」 「接客がうまくできない、などのことか?」
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