5 呪いの塊の騎士

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5 呪いの塊の騎士

離宮。古城へ移る前。 警備の打ち合わせの初日。マリアの部屋にやってきた屈強騎士は落ち着かない様子で椅子に座っていた。呪われ姫と言われているマリアに会う彼。怯えている表情が見えていた。 隣の部屋のマリア、覗き穴から彼を窺っていた。こんな彼女の手も震えていた。 ……嘘?あんなに霊がついているなんて?私、怖くて会えないわ。 彼に対面したかったが、あまりに霊が強く彼女には無理だった。しかし。こうしてみるとやはり彼は苦しんでいる様子に見えた。 ……お気の毒だわ。それに。あの肩の傷は霊を払わないと、治らないし。 この騎士の彼。古城までの自分の警護について真剣に話してくれていた。呪い姫と言われた自分、ここまで心配してくれたのは爺やと婆やと仲良しの侍女だけのマリア。彼のために何かをしたくなっていた。 『姫に会いたいのです』 『そ、それはできませぬ』 ……え?私に会いたいの?この方は霊が取り憑いているはずなのに。 騎士と爺やの会話。マリアの心はドキドキしていた。霊が取り憑いている人はマリアには会いたがらないはず。なのに彼は自分に逢おうとしている。これは精神力が強いのか、はたまた鈍いだけなのか。いずれにしても、マリアは嬉しかった。そして彼が帰った後、マリアは決心した。 ◇◇◇ 「爺や。ロシター卿に。この紙を食べさせて欲しいの」 「紙ですか?」 「ええ」 マリアは手の平半分ほどの小さな紙に祈りの言葉を書いていた。これを七枚持っていた。 「これを毎日体に入れれば。霊も出て行くから」 「ですが、普通、食べませんよ」 「そうか……」 ここで婆やが動いた。 「姫様。クッキーやパンに入れるのは?」 「ああ。それでも効果があるはずよ」 「ならば、それを作って食べてもらいましょう。理由は私に任せてください」 婆やとマリアはこの後、張り切ってクッキーを作った。後日、婆やは再び警備の打ち合わせにやってきた彼にクッキーを食べさせた。 「うん。美味しいですね」 「ロシター卿。こちらのクッキーはですね。今日から毎日。一つづつ食べて欲しいのです」 「これを?なぜですか」 婆や、真顔を彼に向けた。 「実はですね。この離宮ではこれから七日間は祈り習慣として毎日これを食べるのが決まりです」 「はあ」 「姫様の警護まで今日を入れて後七日です。貴方も守ってくださいね」 真面目な彼はこれを守った様子。マリアは離宮を離れる日、馬車の中から彼の取り憑かれた霊が減っているのを視ていた。 ……でも、まだしつこい霊がいるわ。なんとかここからやってみよう。 古城へ出発の朝、やがて彼の声で馬車が発進した。馬車内部のマリア、すぐそばを馬に乗って警備している馬上の彼のことを必死に除霊していた。 ……彼が優しいからって、そう甘えては行けないわ。お願い、どうか神の元に 行ってちょうだい…… 彼女の願いが叶ったのか。馬車の窓から見える彼には霊が消えていた。マリア、嬉しさで拍手をしていた。 ……よかった。でも。まだ体の中の呪いがあるけど。 しかし。ここで盗賊の声がした。騎士の指示で待機の指示であったマリア、せっかく除霊した彼の危機を知った。思わず馬車から飛び出していた。 「やめなさい!彼に手出ししないで」 ……せっかく霊が消えたのに!苦労が無駄になるもの。 彼を守ろうと思わず剣まで抜いてしまったマリア。これをなぜか彼に止められてしまった。そんなの暴走マリアを、彼は助けてくれた。彼の腕で守られている間、マリアは彼の肩の傷を知った。 ……ここね。ここに呪いの破片が入っているわ。 マリアとて取り出すことはできない体の深部。だが、手を当てて念じた。やったことはない手当。それは短い時間であったが、彼女には長く感じた。 ……木の屑が視えるわ。痛むでしょうね、お可哀想に…… 「姫?大丈夫ですか」 「私の事??は、はい」 彼は心配そうにマリアを見つめていた。傷だらけの顔、うっすら髭ワイルドの顔、そんな彼の背後にいた霊はもう姿はなく、正午の太陽が眩しいほどだった。 ……あの大量の霊も取れたし。顔色が良くなったわ、これが本来のこの方なのね。 彼の肩の傷はどうなったのかはわからない。しかしマリアにはこれが最善だった。やがて盗賊が去ったこの街道。彼女はここから彼の馬に一緒に乗せてもらったマリア。逞しい彼にドキドキしていた。 ……マリア、しっかりするのよ。勘違いしてはいけないわ。この方は、お仕事でこうしているだけ、どの女性にもお優しい方なのよ…… 呪い姫の自分に優しい彼。それが仕事と分かっていてもマリアには嬉しかった。離宮を出て森奥の古城に移動の自分。王から命を狙われているこの身。彼には二度度会うことはないだろう。それに回復した彼はすぐに重役のポストに着くであろう実力者の風格。マリアは彼に会えた嬉しさと、もう別れる儚い運命を寂しく思っていた。 ……そうか。私、この方に片思いをしていたんだわ。 無骨な印象、低い声、長身から見下ろす目線、逞しすぎる腕、男らしい香り、温もり。マリアは彼のそばでうっとりしていた。 霊に取り憑かれていた騎士。それでも平気だった彼。紳士な彼は、自分を古城に送ると翌日帰って行った。 ……さようなら。ファビオ。そして。ありがとう…… マリアの初恋片思いは、去る彼が作る馬の土煙の向こうに悲しく消えていったのだった。
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