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6 彼女は行方不明
「ん。朝か」
自室のベッド。朝の日差しを浴びて起きたファビオ。背伸びをした。久しぶりの清々しい目覚めだった。彼は立ち上がると手洗いを済ませ顔を洗った。鏡の中の自分を見た。
……やっと調子が上がってきたな。昨日の疲れが完全に取れているし。
軽い体、スッキリした頭。彼は元気よく朝食を食べようとしていた。執事が用意した食卓。目の前には卵料理とサラダとパン、そしてスープがあった。その湯気を見ていた。
……ああ。あの時のスープ、うまかったな。
マリアを送って数日経っているのに、彼はまだ彼女の「お代わりはいかが?」と言う声がリフレインしていた。そんな彼は執事が用意した朝食を食べ始めていた。
「あの坊っちゃま。本日の予定は」
「あ?ああ。今日は体調がいいので。稽古場に顔を出そうと思っている」
「肩の方はどうなのですか」
「それがだな、全く痛みがないのだよ……ん?は、ハックション!」
コショウを振った彼、思わずくしゃみをした。この時、ナプキンで口を押さえた彼、外した時、驚いた。
「あれ、こんなの食べたかな」
「なんですか」
「爺。口から木屑が出ててきたぞ、お前、料理の中に入れたんじゃないか」
「まさか?」
二人はその木のかけらを確認した。しかし、心当たりはないと思っていた。
そんなファビオは久しぶりに稽古場に来ていた。そして剛腕を奮っていた。怪我で休んでいたが元々は一番の体力の持ち主。若手を相手に存分に稽古をした。
「なんだ。元気になったんじゃないか」
「ああ。マティス。今までにないほど調子が良いのだよ」
「お前、古城以来。顔色がいいもんな」
「そ、そうか」
稽古を終えた二人、庭先にて汗を拭いていた。マティスは白い雲を見つめながら呟いた。
「そういえば。姫様どうしているだろうな」
「俺に聞くなよ」
……くそ……せっかく忘れようとここに来たのに。
しかしマティスは続けた。
「まあ、可愛い顔してたけど、呪い姫だもんな。あそこに住むのがお似合いなのかな」
「顔と呪いは関係ないぞ。それにだ、姫は俺達を心配してくれる優しい人だったじゃないか。あの古城では苦労するから。気の毒だな」
寂しそうに草をちぎるファビオ。これにマティスはニンマリ笑った。
「ずいぶん気にしているな」
「送ったからな」
「会いにいけば?」
「理由がないだろう!それに俺なんかが行っても迷惑だ」
怒ったりいじけたりするファビオ。マティスは真顔を向けた。
「それはつまり。理由があれば行きたいってこと?」
「それは」
「俺には隠さず話してくれ。お前さ、姫に会いたいんだろう」
「ば、ばか!声がでかい」
顔が真っ赤なファビオ。マティスはまあまあと制した。
「そうだよな?そうだと思ったんだ。やはりな……」
「マティス。俺はどうしたらいいんだ」
「……まあ、そうだな。いきなり会いに行くのも、な」
うちひしがれているファビオ。これに彼はポンと手を叩いた。
「手紙だな」
「え」
「姫に手紙を書くんだよ!『その後、お元気ですか』って。何かお困りではないですか?って」
「俺が?」
「他に誰が書くんだよ?いいか。今すぐ書け!そうしたら俺が手紙を届けてやるから」
「お前って、いい奴だったんだな」
感激したファビオ。帰宅後、早速手紙を書こうと机に向かった。そこにはマリアがくれた感謝状が置いてあった。彼はまた見直した。
『親愛なるロシター卿
此度の警備、心から感謝申し上げます。貴方に神の御加護が続きますように。マリア』
と美文字で書かれた手紙。彼は毎晩読んでいた。しかもこれにはマリアの光る髪がスプーンの持ち手ほどの太さで束になって入っていた。彼はまた髪を手に取っていた。すべすべしていた髪の香りを嗅いだ。
……ああ。姫の香りがする。こんな美しい髪をくれるなんて。
姫にとっては自分はただの警護。この手紙も社交辞令、この髪も王家の決め事なのかもしれない。しかし、彼は嬉しかった。こんな胸熱の彼、必死で手紙を書き終えた。ただ『お元気ですか。お困りのことがあれば連絡ください。必要なものは届けます』と書いた。これを翌朝、マティスに託した。
◇◇◇
「大変だ!」
「どうした」
「ファビオ。俺は古城に向かったんだが。あの王子の警備が」
「落ち着け!ゆっくり話せ」
昼には戻ってきたマティス。屋敷にて事務処理をしていたファビオは、彼にまずは水を飲ませ、椅子に座らせた。
「で、どうした」
「驚くなよ?あのな!古城は空らしいぞ?」
「え」
「誰もいない。暮らした形跡がないっていうんだ」
「どういうことだ?」
マティスの話。彼が手紙を持って古城へ向かっていると。王家の王子派の兵隊とすれ違ったという話だった。
「その中に知ってる奴がいたんだ。その話によるとだな。彼らも古城にいるマリア様に届け物をしようとしたが。誰もいなかったそうだよ。だから俺も引き返してきたんだ」
「姫が住んでいない?ではどこに行ったんだ」
……まさか。あの後、盗賊に襲われたのか?おお。なんてことだ。
「どうする?ファビオ。俺達も行ってみるか?」
「ああもちろんだ。今すぐ行く。馬を!爺」
彼が呼ぶと、執事は慌てて入ってきた。
「坊っちゃま!王家から使者の方が来ています」
「使者?何用だ」
「何やら勝手に入って。あ」
ここに。王家直々の兵が入ってきた。
「ファビオ:ロシターだな。城まで来てもらおうか」
「お前には謀反の容疑がかかっている」
「私に謀反?何かの間違いでは?」
しかし。彼らはファビオを取り囲んだ。
「言い訳は城で聞く!さ、連行しろ」
「ぼ、坊っちゃま!」
「ファビオ。俺も行く!」
「私には何もやましいことはありません。参りましょう」
ファビオは王宮の兵に連れられていった。
◇◇◇
彼は執政の前に連れてこられた。ここには執政と副大臣。そして王子派の兵が見守っていた。ファビオの背後にはマティスが控えていた。
「さて。ファビオ。お前、マリア様を送り届けたと言うが、それは誠か」
「はい。そう、報告したはずですが」
すると。ここで副大臣が首を傾げた。
「だがファビオ。姫はどこにもおらぬというのだ、これはどういうことだ」
「恐れながら。自分は確かに姫を古城に送りました。あの時は盗賊に襲われたので、一晩、野営をし、翌日帰ってきたのですから」
冷静に説明するファビオ。これに執政は片眉を動かした。
「では。その証拠を見せよ」
「証拠?」
「ああ。送り届けたという証拠だよ」
意地悪く微笑む執政。これに副大臣が動いた。
「執政殿、それはあまりにも」
「いいえ。此奴は嘘を言っているのです。さあ。証拠を見せよ!」
この様子にファビオはピンときた。
……そうか。執政は姫がいなくなったのを、俺のせいにしようとしているんだ。
そもそも。あの日、姫を狙った盗賊が現れたのも解せない話だった。さらにあの寂しい古城。一連の出来事は全て執政が、関わっているとファビオは感じた。彼は拳を密かに握っていた。
「ふふふ。証拠などないであろう?お前は姫をどこかに隠したのだから」
「証拠ならありますよ」
「え」
執政の顔色が変わった。
「マティス。姫の礼状を持ってきてくれ」
このために自分に書いてくれたこと。ファビオはこの時、気がついた。
「そんなこともあろうかと、はい。ここにあります」
マティスが差し出すと、執政は驚きで手に取った。
「……これは。マリア姫の書状と、お髪か?」
信じられない顔の執政。これを無視するように副大臣がファビオに口を開いた。
「ファビオ。では本当に姫を送り届けたんだな?」
「はい」
「あの古城で。姫は何か言っていなかったか」
「あの古城を一眼見て。クラシックだと嬉しそうに話をしてました。それに、城の中には台所がないとおっしゃいまして。庭先にて、私に野草のスープを作ってくれました」
彼の証言の間。副大臣はマリアの手紙を読んでいた。そして顔を上げた。
「わかった。ファビオ。疑って悪かった。もう帰って良いぞ」
「はい」
退室時、ふと周囲を見ると執政が火の如く怒った顔で自分を見ていた。ファビオ。これを背に感じながら王宮を出てきた。
……それにしても。どこに行ってしまったんだ。
「おい。ファビオ。大丈夫か」
「マティス……これから古城に向かうぞ」
ファビオは空を見上げた。彼の胸は姫を思っていた。太陽は西に差し掛かっていた。
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