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7 姫をさがせ
王宮にて潔白を証明したファビオ。この足で姫を探しに行くつもりであったがあいにくの雨。これでは探せないとマティスに説得された。このため二人は翌朝。まだ暗い時間に古城を目指した。
……くそ。いったいどこに行ったのだ。
昨日の執政との話し合い。あの後の夜。副大臣から彼は密かに呼び出されていた。それによると。執政が何か画策しているのではないか、と言うことだった。
◇◇◇
深夜。副大臣の部屋にて。
「ファビオ。今日はすまなかったな」
「……潔白が証明できてよかったですが、それよりも姫の行方が気がかりです」
……姫よ……無事でいてくれ。
副大臣は王子派の重鎮。そしてファビオの父の親友。幼い頃からの親しい知り合いである。副大臣は彼に酒を勧めたが、ファビオは断った。
「で。どう言うことなんですか」
「お前はマリア姫の素性を知っているか」
「はい。護衛の時に父から聞きました」
副大臣は疲れた顔でグラスの酒を飲んだ。
「まあ。それは良いとして。実はな。カルロス王子は一ヶ月前、執政の助言でお子様が授からない事を占い師に相談したのだ。すると。王宮に呪いが住んでいると言われて。それでマリア様を追い出すことにしたのだ」
「……そんな理由で」
この王家。老齢のチャールズ王が統治している。後継のカルロス王子は昨年結婚をしたが幼い頃から病弱である。本来であればカルロス王子が政治を行うところであるが、彼にはそこまでの体力がない。故に実際は執政が政を担っていた。最近は王の力も弱体化しているため、カルロス王子を操る執政が大きな顔をしていた。
さらに実権を掌握したい執政は、ことあるごとに王子の命令と称し、邪魔ものを排除しようとしていると副大臣は話した。
「お前も俺も王派の騎士だ。我らの家系は古くから王家に支えてるからな。執政には邪魔になるのであろう」
「カルロス王子は、そこまで病んでいるのですね」
ショックで頭を抱えるファビオ。これに副大臣は続けた。
「ああ。今では執政の言いなりだ。しかし、マリア様を追い出しても何も変化がなかろうに」
「そうですよ。それに。あんな古城の追いやるなんてあんまりです」
「当初は嫁に出そうとも思ったらしいが。あんな呪い姫をもらってくれるような男もおるまいな」
副大臣はそう言ってグラスの酒をまた飲んだ。
「それに、なぜか知らぬがカルロス王子は呪い姫を恐れていたんだ。おそらく彼も彼女に会ってないはずだが。私も姫には幼い頃に会っただけで知らぬ。あの時は母親に似て綺麗な少女だったな」
「そう、ですか」
……あれ?他の人ってマリアに会ったことがないの?
彼女と一緒に馬に乗り、抱きしめてしまったファビオ。さらに彼女のお手製の食事まで食べてしまった彼。今さらドキドキしてきた。
「ああ。姫が会いたがらないからな。だが、お前は姫に会ったんだろう」
「え、ええ」
「どんな姫だった?」
「え、その」
……だめだ?顔がにやけそうだ……嬉しすぎる。
「お綺麗な方です」
「ほう」
「可憐で、お優しくて、可愛らしい女性です。自分には何が呪われているかわかりませんね」
「お前。そんなに打ち解けた話をしたのか?」
「はい」
「怖いもの知らずと思っていたが、さすがファビオ。誰も姫を知らぬのに、そうか」
感心した副大臣に彼は真顔を向いた。
「それよりも。姫の行き先です。どこにいるのかわかりませんか?」
「え?ファビオ。お前。探しにいくのか」
「はい」
当初から、姫を古城まで送るという約束だったファビオ。彼女が心配だと打ち明けた。
盗賊に拐われたのかもしれないと思うと気が狂いそうになる思い。彼はこれを必死に打ち消した。
「わかった。だがな?お前は執政に目を付けられている。故に慎重に動け」
「はい」
「……このまま執政の思う通りにさせるわけには参らぬ。私もなんとかカルロス王子に、正しい政治をしてもらうつもりだ」
頼もしい副大臣と共通意識を持った二人はこうして話を終えた。彼はマティスと共に早朝、屋敷を出発した。
そして翌朝、古城に到着した。そこでは王子派の兵も探しにきていた。
「ファビオ?貴様。どうしてここに?」
「……そっちも姫探しか」
彼らはファビオを見て驚いていた。目つきの悪い王子派の家来達。彼らはファビオに侮蔑の視線を向けた。
「お前のような王の犬に、話す必要はない」
「じゃ、こっちも勝手にやらせてもらう。探すぞマティス」
すでに王子派が探した様子の古城は本当に何もなかった。その時。王子派の兵が馬の足跡を発見したと森奥へ進んでいった。ファビオ達はこれを追った。
「奴らは向こうか?マティス」
「……あ、森から抜けたぞ。村か?」
広がる田園。進んだファビオ達は、村人から話を聞き出した。
「爺やと婆やがいる姫を探しているんだが、知らないか」
「さっきも兵隊さんに聞かれたけど。あの教会に向かっていたよ」
「教会……あの塔か、いくぞ!マティス」
「おばあさん。ありがとう!」
ファビオ達は教会にやってきた。そこでは馬上の王子派の家来は大声で叫んでいた。
「姫は国境に向かったぞ!青いドレスの娘だ!追うぞ」
一行はそのまま国境の道まで掛けて行った。これを見ていたファビオとマティス。とにかく静かに教会に入っていった。そこには神父がいた。彼は古城からやってきた娘を匿ったが彼女は国境に行ってしまったと話した。
「そうですか」
「私が言えるのはそれだけです」
……神父は嘘をつかない。では、こっちも追うか……
ここはすでに王子派の家来が探した様子。ファビオは姫を追うと決め馬の手綱を引いた。
「行くか。ファビオ」
「ああ……いや?待て。待て待て……」
ここに。何やら良い匂いがしてきた。ファビオ。これに目を伏せた。
「どうした?ファビオ」
「マティス。馬を頼む……神父様。ちょっと祈らせてください」
彼は引かれるように教会の裏に歩み出した。ゆっくりとハーブが咲く庭園を歩く彼、あの時の匂いをたどっていた。
……この匂い。こっちだ。あの時と同じ……
進んだ先、そこには教会の台所のようで開いた扉から料理の匂いが流れていた。そして、そこには若いシスターが背を向け、庭で草を摘んでいた。彼女の背後に近づいファビオ。心臓がドキドキしていた。やっと勇気を出して声を出した。
「姫」
「……ん?え!あなたは?」
振り向いた若いシスター。彼を見て驚いていた。
「ど、どうして?」
「ここで何をしているのですか」
「え。ええと」
「無事で。よかった」
大柄な彼はマリアを抱きしめた。
……ああ、生きていた……よかった……
「ファビオ。なぜあなたがここにいるの?」
「……よかった。本当に」
優しく見つめ、そして抱きしめてくれたファビオ。マリア、心臓が止まりそうになっていた。
「ファビオ……あの」
「後悔しました。あなたを古城に置いてきたことを」
「あの、その」
「……姫」
「く、苦しい?」
「すいません!?」
胸から顔を出したマリア。むせながら笑顔を見せた。
「ふ、ふふふ」
「申し訳ない!本当に」
「良いのです……あ?爺だわ……ねえ、ファビオ、こっちに来て」
マリアは教会の奥に彼を連れて行った。そこで、話を始めた。
「というわけで。カルロス王子が私を狙っているのは知っていたの」
「それはわかりました。でもどうしてこの教会に?」
「……あのまま古城にいても。暗殺されるだけだもの」
マリア。彼にお茶を出した。
「だから……この教会から来たんです。でも大丈夫。侍女を田舎に帰す時、私の青いドレスを着て行ってもらったわ」
「もしかして、囮にしたんですか」
「侍女がそう言って聞かないのよ?でも、あのドレスとシューズはね。途中の川に捨てたはずよ。見た人は私が川に身を投げたと思うように」
用意周到なこの作戦。流石の彼も腕を組んで唸っていた。
「して。姫はいつまでここに?」
「神父様に迷惑が掛かるから……熱りが覚めたら、国境の方に行くつもりよ」
「知り合いは?」
「いないけど。まあ、なんとかなるわよ」
笑顔のマリア。綺麗な微笑み、しかし彼は心が痛かった。
「そうは言ってもですね」
「私のことはいいのよ?それよりも、ファビオって。私のせいで疑われなかった?」
ドキ!とした彼の表情。マリアは見逃さなかった。
「やっぱり」
「……まあ。執政に問い詰められましたが。あの感謝状のおかげで証明できました」
「よかった」
ほっとしたマリア。胸をそっと抑えていた。
「ごめんなさいね。あなたを巻き込んでしまって」
「いや。それは」
マリア。彼の隣にそっと座った。
「ファビオ。あなたは王派の騎士でしょう?だから執政にとって煙たいのよ」
「姫」
「……私に関わったせいでごめんなさい。でも、私は大丈夫」
マリア。そっと彼の肩の傷の方に触れた。
……よし!呪いの破片は感じない。これで彼は大丈夫!
ファビオに取り憑いていた悪霊ももう視えない。その代わりに彼を守る守護霊が視えていた。
「姫?」
マリア。彼を見上げた。
「ファビオ。あなたはもう大丈夫。怪我も治ったし、これからは職務の戻って。その力を存分に奮ってちょうだい」
そう言って立ち上がったマリア。笑顔を見せた。
「私のことは忘れてください。あなたは本来あるべきところに戻ってね」
「姫……」
ここで。マティスが呼びに来た。マリアはマティスにも謝った。
「ところでファビオって、よく私だと分かったわね」
「姫のスープの香りがしました」
「え?すごいな。ファビオ」
驚くマティスにマリアも笑った。こうして彼女は二人にスープを振舞った。
この仕草をファビオはじっと見ていた。
……本当に、これで良いのか……姫は幸せになれるのであろうか。
「ファビオ。どうぞ……ファビオ?」
「あ。ああ。すいません」
「熱いから気をつけてね。マティスはこっち。二人とも疲れたでしょう」
優しいシスター姿のマリアの笑顔。ファビオはそれをじっと見つめていた。
庭男に扮した執事のアリとシスター姿の婆やに驚かれたが、マリアの必死の説得でファビオとマティスは二人に信用された。そして、二人は教会を後にすることになった。
「気をつけてね」
「姫様も。こっちは誰にも言いませんので」
「ありがとう、マティス。それでは気をつけてね、ファビオ、ファビオ?」
「姫……やはり自分はこのままにしては置けません」
「え」
真顔の彼。じっとマリアを見つめた。
「私は姫を守るように言われています。故にこのままにしては置けません」
「でも。私があなたにお願いしたのは古城までの警護です。それ以降は気にしなくて良いのよ」
「ですが。姫は古城に入ってないですよね」
「え」
ファビオは真剣に呟いた。これにマティスもうなづいた。
「確かにそうだな、姫はここにいるし」
「でも?でも。本当にいいんです。ファビオ。私はあなたをこれ以上、束縛したくないの」
必死に遠慮するマリア。彼女の気持ちが彼には悲しかった。
「迷惑ですか」
「そんなことはないけれど」
「自分がこんな怖い顔だからですか」
「まあ。私はあなたを怖いなんて思ったことないわ」
「本当に?」
「ええ。こんなに強くて優しくて。あなたのような素敵な人に出会えて、私、本当によかったと思っているのよ」
「ごめん?俺、向こうにいるよ」
聞いているマティスはあまりの恥ずかしさに後退した。マリアはそれに気づかず必死にファビオを見つめていた。
「ファビオ。私を信じてちょうだい」
「では。これからもお守りさせてください」
「でも、あなたが」
「姫」
ファビオ。説得しようと彼女の手を握った。
「あなたを思うと、夜も眠れません。どうか、自分に使命を果たさせてください」
「使命」
「そうです。自分は騎士です。命令を遵守したいのです」
「命令を遵守……そ、そうですか」
マリア、どこか悲しく笑みを見せた。
「そこまでおっしゃるなら。わかりました。今後、何かあればあなたに相談します」
「はい」
……なんだ?なぜ悲しそうな顔で。
マリア。じっと彼を見上げた。どこか涙ぐんでいるように見えた。
「さあ。遅くならないうちにお帰りください」
「あ。ああ。しかし、必ずまた来ます」
ここで手を離したマリア。マティスを呼んだ。そして二人を手を振って送った。
夕日の中、マリアの寂しい涙も知らず、ファビオは帰っていったのだった。
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