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8 使命
「帰ったぞ」
「おお。坊っちゃま。お疲れでございます」
「……食事はいらない。風呂は沸いているか」
「はい」
夜遅く屋敷に帰ってきたファビオ。風呂に入った。くつろぐ湯船の中、目を瞑ると彼女の悲しそうな顔が見えた。
……なぜあんな悲しそうな顔を。最初は嬉しそうにしてくれたのに。
ひとまずあの教会は安心そうだった。さらに自分がウロウロするものまずいと考えたファビオ。今後は信用おける家来を配置しようと思っていた。
思い悩むファビオ。モヤモヤしながらも彼はお湯をすくい顔をざばと洗った。この時。ふと。思った。
……あれ?姫は怪我が治ったから……公務に復帰せよと、言っていたな。
彼は自分の肩の傷をしみじみ見ていた。
……なぜ。俺が怪我をしていること……それが良くなったことを知っているんだ?おかしい……
呪い姫と言われているマリア姫。確かに奇妙なことがあるが、彼女は優しい天使のような人。ファビオ、モヤモヤしながら湯から上がった。そして、月を見上げていた。
……ああ、姫の顔が頭から離れぬ。
自分のことを案じてくれた彼女。そんなマリアを思い。彼は寝床についた。
翌日。ファビオは王派の信頼おける部下の騎士に、王子が頼っている占い師のことを調査させた。これはすぐに報告が帰ってきた。ファビオは副大臣とこの報告を聞いた。
「報告します。あの占い師は毎夜、執政の屋敷に出入りしてるようです」
「やはりな」
「続けてくれ」
副大臣とファビオの前、部下はうなづいた。
「はい。さらにですね。執政の裏にはエリザベス王女がいるようです」
「王女が?」
「副大臣。これはどういうことですか」
「ファビオ。奥の部屋で二人で話そう」
そして。彼は話を聞いた。
「知っての通り。王女は第一子であるが、女であるため王位はカルロス王子が上だ。しかし。王子の不健康説がまだ根強く、王女を王に推す奴がいるのだ」「それが執政なのですね」
「ああ……私はてっきり、王子に取り入っていると思ったが、あいつはもう王女に寝返っていたのか」
王家を乗っ取ろうとしている執政。これを許せるはずはない。しかし、王子も王女も彼に操られているこの事実。ファビオも悔しい拳を握った。
「これは我が王に報告せねばなりませんね」
「ああ。老齢の王に相談するのは忍びないが、そうするしかないな」
そして。ファビオは副大臣と一緒に老いた王の元にやってきた。もう目が見えない王は寝床にて声でファビオとわかってくれた。
「そうか……エリザベスとカルロスが」
「私どもがついていながら。申し訳ありません」
副大臣が謝る中。王は首を横に振った。
「全ては私の不徳の致すとろこ……それにカルロスは子供ができぬゆえ、苦しんでおるのであろう」
王も子供には苦しんでいた。生まれてくる子供が次々と亡くなり、残ったのがエリザベスとカルロスだけだった。これを知る二人はかける言葉がなかった。
「王よ。しかしながら。このままでは王家の存亡に関わります」
「そうじゃな……して。マリアはどうした」
「マリア姫がどうかしたんですか」
ファビオの声、王は静かに話した。
「ああ。あの娘は不思議な力があるのだ。以前、戦いが終わった後、私は熱が出て床に臥せってしまったことがある。恐ろしい亡霊の夢を見てうなされていたが、その時、私を助けてくれたのはマリアだったのだ」
「姫様にそんな力が」
副大臣が驚く中、ここで老齢の王は咳き込み、話が終わった。
こうして。ファビオはマリアの護衛をすることにした。王子派の追手は国境の偽マリアを追い、そして青いドレスを発見した。それは谷底へ続く山道に引っかかっていたもの。一行はマリアが身を投げた可能性を信じ、現在は沢を捜索していた。この間、ファビオは教会に来ていた。
「姫よ。その薪割りは自分がやります」
「いいの!それよりもファビオは公務に戻ってって、言ったはずよ」
「これが公務なのです」
「まあ」
副大臣に正式にマリアの護衛を頼まれたファビオ。部下を数名連れて教会に来ていた。しかし騎士の姿では怪しまれる。そこで彼らは旅の一行の姿をしていた。
教会に身を寄せている旅人の彼ら。護衛といってもすることがないので教会の建物の修繕をしていた。マリアは彼らの食事の支度をファビオと楽しそうにしていた。
……可愛い。しかし、なぜこんな愛しい姫が呪い姫と言われるのか。
キラキラと輝くシスター姿のマリア。ニコニコ顔でパンを焼いていた。
「そういえば、なぜ姫はその、家事などができるのですか?」
「ああ。そうね。姫らしくないものね、実はね、私は離宮にいたのだけど。呪われているって思われていたから、私のところに来る使用人はみんな、その、訳ありだったのよ」
「訳ありとは?」
「……王宮でミスをしたり、怪我をして仕事が難しくなった人ばかりだったの。だから私は自分のことは自分でしていたの」
「そうですか」
器用に食事を作るマリア。同世代の姫君達は綺麗なドレスでお茶会に明け暮れている王宮。しかしこのマリアは健気にパンを焼くことができている。この姿に彼は胸が熱くなりながら尋ねた。
「しかしですね。その割には離宮にいた使用人が少なかったと思うのですが」
「うん。みんな離宮に来たら元気になるのよ。だからみんな王宮に復帰したり、家に帰ってもらっていたの。まあ、私だけで間に合うし」
……元気になる……もしかして。
「姫。あのですね。私は姫に会うまで、とても肩が痛かったんですが。ここにきてすっかり良くなって」
「よかったね」
……違う違う!そうじゃない!
「姫。もしかして、姫が私を治してくれたのですか?」
「……それを聞いてどうするの」
「へ」
マリア、悲しそうな顔になっていた。
「ファビオは、使命でここにいるんでしょう?それに痛みがないならそれでいいじゃない」
「そうですが」
マリア。寂しそうに彼を見つめた。
「さあ、薪割りお願いします」
「はい」
……どうして。あんなに悲しそうなんだ……
マリアの心がわからず、彼は胸が締め付けられていた。
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