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9 離宮にて
その頃。マリアが去った離宮では噂が立っていた。
「私も見たわ!夜、白い影が鏡に映っていたの」
「怖い!どうして急にこんなことになったのかしら」
「それよりも。どうしてこんなに散らかっているのよ。マリアはどうしたのよ」
離宮に住むわがまま王女達は、物が出しっぱなしの部屋でヒステリーになっていた。
「マリアはいないわ。お姉様が追い出したんじゃないの」
「私じゃないわ。あなた達よ!」
「マリアがいなくなって。離宮はめちゃくちゃだわ。あの娘のせいよ」
王女や離宮の侍女たちの噂話はすぐに王宮に広がった。それは病の床のカルロス王子の耳にも入った。
◇◇◇
「何をそんなに騒いでいるのだ」
「恐れながら。離宮では亡霊が出ると言うことでございます」
「亡霊?マリアを追い出したのに」
青白い顔の王子。部下に尋ねた。この時、執政のミラーが入ってきた。
「まあ、まあカルロス様、お加減はいかがですかな」
「相変わらずだ……ところでミラー。マリアはどうした?マリアを追い出せば私の痛みが取れると占い師は申していたであろう」
苦しそうな息使い、痛みを耐えているためか充血した赤い目のカルロス。これに執政はいつものように語りだした。
「あ。ああ。それについてお知らせでございます」
ミラーは悲しげな顔をした。
「マリア様は現在行方しれずなのです。おそらくご自分の呪いを嘆き、自ら川に飛び込んだようで、川のそばにてドレスとお靴がございました」
「なんだと?マリアは古城にて呪いの力を浄化するのではなかったのか」
マリアを離宮から追い出したカルロス王子は、彼女を殺す気はなかった。ただ占い師の言葉を信じ、呪い姫を追い出せば自分が健康になると言われただけだった。
「お前の話では古城は古の建物。マリアがそこに住めば彼女は浄化されるという話であったぞ」
「その予定でしたが、姫がこれを拒否されて」
「なんということだ?彼女は王女であるのに」
カルロス王子のとってマリアは叔母であるが、年は自分が10歳上だった。王家に生まれた唯一の男というプレッシャーの日々の中、離宮には祖父の末娘でありあがら使用人扱いの娘がいると知った。
なぜか興味を抱いたカルロスは、理由を付けて幼ないマリアに会ったことがある。その時、マリアの声が、姉のエリザベスにそっくりだったことに驚き、勝手に親近感を抱いていた。
認知されないため不遇なマリアをカルロスは不憫に思っていたが、彼女と微妙な関係の父の手前、何もできず今に至っていた。今回、占い師の助言もあったが、こんな離宮よりも森の奥で自由に暮らした方がマリアには幸せだと彼は思っていた。
「……それで。遺体はあったのか」
「まだ調査中です」
「そう、か。可哀想なことをしたな」
「ですが王子。これで王子は全快でございますぞ」
「……彼女が死んで、私が健康にか。しばらく一人にしてくれ」
王子は悲しくつぶやくとベッドに入ってしまった。この部屋を後にしたミラーは黒い笑みを浮かべていた。
◇◇◇
「ファビオ。それにさわっちゃだめよ」
「すいません。あまりに見事な剣なので」
庭仕事の合間。つい入った教会の祭壇に捧げられていた剣を触ろうとしたファビオ。背後からきたマリアに止められた。彼女は一緒に剣を見ながら彼の隣に立った。
……もしかして。ファビオが霊を引き寄せているのかしら。自分で霊がいるところばかり行くんですもの。
大量の霊を憑依させていたファビオ。これを密かに祓ったマリアは彼の特異体質をようやく理解してきた。そんな彼に彼女は説明をした。
「この剣はね。たくさんの人を斬ったのよ。だから、これを持つと、人を斬りたくなるのよ」
「ひい!」
震えるファビオはシスターマリアの背に抱きついた。
「怖い話はやめていただきたい」
「……怖がらせているわけじゃないけど。本当のことなのよ、だから持ち主はこの教会にこれを納めたようね」
「で、では、これを神父はお祓いをするのですか」
マリア。ここで彼を見上げた。
「そうか。確かにそうすればこれはあなたが使えるわね」
「え」
マリアの目には。この剣が死霊に取り憑かれていると視えていた。しかし、この剣が古来の勇者の素晴らしい剣だともわかっていた。
「その方が供養になるし、わかった!待ってね。今、なんとかするから」
マリア、そっと手を合わせて目を瞑った。ファビオは彼女の背で震えていた時、教会のガラスがガタガタと揺れだした。
「マリア!助けてくれ」
「……あなたは十分戦ったわ。さあ、故郷に帰るのよ、愛する人があなたを待っています……」
「あ、剣が震えている」
怖くてたまらないファビオ。マリアの背にしがみついていた。彼女は構わず続けた。彼女の願いが通じたのか、教会のガタガタ音が止まった。
「ファビオ。逝ったわ」
「え」
目を開けた彼は汗を拭ったシスターマリアを見た。
「剣の呪いは解けました……最後に神父様に洗礼をいただければそれで問題ないわ」
「マリア」
「まあ?腰が抜けたの?では手をつなぎましょう。一緒に神父様にお願いしましょうね」
天使の微笑みの呪い姫。そんな彼女に手を引かれた屈強な彼。芝生が眩しい教会の中、彼女とよろよろと歩いて行った。
こうして浄化された勇者の剣は神父からファビオに贈呈された。
「いいのですか」
「ええ。剣もそれを望んでおるようですし。ファビオ殿のお守りになりますな」
「お守り?神父様。それはどういうことですか」
「神父様!まあ。詳しい説明は良いではありませんか?ここにおいても困るからですよね?」
……無理だわ。怖がりの彼に霊を引き寄せる体質だと告げるのは!
マリアは必死に誤魔化すと。彼は不思議そうに剣を手に取った。
「まあ。いただけるなら、いただきますが。これは立派なものですね」
「そうよ。あなたにぴったりだわ!」
受け取ったファビオとマリアであったが。ここに王宮の様子を探りに行っていたマティスが戻ってきた。
「どうやら。マリア様は死んだと思われているようだ」
「やった!」
「それはいいとして。他にはどうなんだ」
「ああ。王子の様子であるが」
マティスの話によると。カルロス王子はますます奥に引っ込んでいまい、執事のミラーが政治を仕切っているという話だった。
「王は」
「最近は耳が遠く、今回の話も理解されているかどうか」
「王子がそんな病では。執事にこのまま王家が乗っ取られてしまうな」
「……あの。みなさん。話の途中ですが」
シスターマリアは話をしている二人を見つめた。
「私は死んだことになっているんですよね?だったら、このような警護は必要ないです。どうぞ。お二人はご自分の公務に戻ってください」
「マリア」
「私。ここでひっそり暮らしていますので。ファビオもマティスもありがとう。嬉しかったです」
「……マリア。なぜ俺をそうやって私を排除しようとするのだ?」
「え」
ファビオは真剣な目で彼女に歩み寄った。
「そんなに俺が嫌いか」
「またそんなことを?ファビオ。私はあなたが好きだと前に言ったでしょう?」
「おっと、始まった!すまない?俺は向こうに行っているね!」
恥ずかしい会話の二人。ここにいられないマティスは静かに下がった。庭の薔薇のポーチにいた二人には甘い風が吹いていた。
「マリア……私はどうかしてしまったんだ」
「え?」
……もしかして。特異体質に気が付いたのかしら怖がっているのに。これはまずいわ。
「そんなことないわ。あなたは立派な騎士よ」
「違うんだ。君のことが異常に気になる。なぜか、わからないけれど」
顔を真っ赤にしたファビオ。髪をかき上げた。
「俺は確かに騎士だ。それにこんな顔だから。結婚なんて、できないし、諦めていたんだ。でも、その。恋とか愛とかわからないが。とにかく君のことばかり考えているんだ」
「ファビオ、それは使命感よ。あなたは真面目な人だから」
「いや、違う」
彼はマリアの手を握った。
「このまま。君を置いて行っても。俺はどうかなってしまいそうだ。とても仕事なんかできないと思う」
彼の手は震えていた。
「ど、どうか。俺の屋敷に来てくれないか?」
「え」
「君は死んだことになっているんだ。だからシスターとして。俺と、俺と結婚してくれないか?」
「え?結婚!」
「すまない。突然で」
「結婚……私が」
驚きのマリア。彼ははずかそうに見つめていた。
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