幸せになるために

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「……ばかだよね」  だれかの声が、くぐもってきこえます。  ここは地獄でしょうか。  業火に()かれる寸前だというなら、どうしてこんなに、『あたたかい』のでしょうか。 「……魔女さんの、ばか」  声がきこえます。  聞きおぼえのあるこれは、閻魔さまなんかではありません。 「僕を置いて死のうとするなんて、ほんっとうにばか!」  (いち)のものです。  黒い瞳からぼろぼろと涙をながす、青年のものです。  ぼんやりと視界に、見慣れた自宅の景色が映り込みました。  そこでようやく、魔女は覚醒するのです。 「起きちゃだめ、じっとしてて!」  飛び起きたそばから、寝台(ベッド)へ押し倒されます。  いったい、なにが起きているの。  わたし、どうして。  混乱する魔女を目にして、涙をながす壱が、口をひらきます。 「魔女さんが僕を『治した』んだよね」 「そうやって怪我や病気を『吸い取る』のが、魔女の魔法だから」 「でも、『限界』をこえたら、死んでしまう」 「魔女協会の会長さんから、きいたよ」  壱はすべてを知ったようでした。  あの雨の日、お茶屋を逃げ出す際に女将から受けた折檻(せっかん)の傷が深刻で、死にそうになっていたこと。  その傷を『吸い取った』反動で、魔女は声が出なくなってしまったこと。  それでも、魔女が死にきれずにいたこと。  魔女が、死にたがっていたことを。
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