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ビードロの音色
コツコツと、ブーツの足音にあわせて、手毬の袴がひらめきます。
そんな、燃えるような夕暮れのことでした。
ポッ、ペン。ポッ、ペン。
魔女がやってきたのは、『官立東京高等男学校』です。
多くの学生が行き交うなか、正門にもたれ、奇怪な音をひびかせる男子学生に目をひかれます。
詰め襟のシャツに袴、学帽をかぶった繊細な顔だち。
その手には、ちいさなフラスコのような薄い青色の硝子細工がにぎられています。ビードロという舶来の民芸品です。
ポッ、ペン。ポッ、ペン。
ビードロに息を吹き込み、ヘンテコな音を真顔で鳴らし続ける男子学生の様子は、異様なものでした。もはや呪いのたぐいです。
魔女はため息をついて、コツリとブーツの底を打ち鳴らしました。
「……魔女さん!」
地面だか虚空だかを見つめていた男子学生は、一変。
視界にうつり込んだ手毬袴すがたの女性を、たちまちに世界の中心にして、風のように駆けてくるのでした。
こどものおむかえは、毎日ひと苦労です。
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