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魔女が住んでいるのは、東京府、浅草。
同居人である黒髪に黒い瞳の彼は、名前を壱といいます。
「魔女さんのいちばんでいたいから」という、本人の希望によるものです。
彼はほんとうの名前を、あの雨の夜においてきてしまいました。
「かつて異国では、『魔女狩り』という、おそろしい運動がありました」
「命からがら逃げてきた魔女たちは、海をこえ、遠い島国へやってきます。当時の日ノ本は、江戸幕府のおさめる時代でした」
「そのとき、男ばかりが死んでしまう謎のはやり病に、民草は苦しめられていました」
「ですが、そんな彼らに魔女たちは手をさしのべ、苦しむひとびとを救います」
「そしてわが国は、黒髪に蒼い瞳をもつ彼女らをあがめ、男子社会から女子社会へと変わっていったのです──そうでしょ?」
おとぎ話でもきかせるように語っていた壱が、最後にいたずらっぽい笑みを浮かべます。
「魔女さんをいちばん理解してるのは、僕だからね」
壱は胸をはります。
だけれども、魔女が壱の名前を呼ぶことはありません。
魔女は、言葉をしゃべることができないからです。
言葉が通じないのではなく、そもそも、声を出せないのです。
正しくは、出せなくなりました。
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