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そのことを、壱は知りません。
魔女が口をきいてくれないのは、意地をはっているからだと思いこんでいます。
だから魔女に名前を呼んでもらうため、ふり向いてもらうために、きょうもはりきっているのです。
「夕ごはんはなんにしようか」
「魔女さんの好きなライスカレーにする?」
出会いから十年。壱は、賢くて器用な十八歳の美青年へと成長したのでした。
ふたり影を並べて帰る夕暮れは、いつも壱の声だけがひびいています。
* * *
三百年も生きていると、さすがに疲れてしまいます。
あー、しんどいなぁとぼんやり思っていた雨の日、壱と出会いました。
──しめた、と魔女はほくそ笑みました。
いたいけなこどもを無理やり誘拐したなら、警官が家に押しかけてきて、逮捕してくれるにちがいないからです。
うまくいけば、死刑になるかもしれない!
そう考えた魔女は、路地裏にいたうす汚い男の子を、無理やり連れて帰りました。
ただ、全身に痣をつくって、おなかもひどく空かせていたようなので、その夜だけは特別に、風呂に入れてやって、傷の手当をして、おかゆを食べさせて、寝台に寝かしつけてやりました。
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