【ワンライ】「不思議なのだわ」

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 チカムユニカは石人種だ。  母体となる石種は真珠。鉱物としては生体鉱物、生物が関与して生成される鉱物になる。  石人がどうやって個人を得て人間種の似姿を取るのかは、これまでの研究でも明らかになってはいない。  本人たちに聞けば早いのではないかと思われたが、概して石人種は世界のあらゆることに興味を持たない。自分自身においてさえ、だ。  彼らから返って来た答えは、「気づいたらそこに在った(いた)」だった。  だから、彼らが母核とする宝石や、彼ら自身が有する特殊な能力を求めて乱獲をされていたとしても、焦ったのは本人たちではなく周りにいる善良な民間人であった。  かくして多くの石人種は、その愛好家たちの手によって作られた保護区『輝きの庭』に保護・収容され自他共に穏やかな日々を過ごすこととなった。  チカムユニカは少々変わった石人種だ。 「不思議なのだわ」  まったく不思議そうには聞こえない突き放した口調で、彼女は切り捨てた。  母体となる真珠は、真珠種の中でも更に希少…… の為に知名度が低いコンクパール。色白の女性が淡く頬を染めたときの色に似た珍しい真珠だ。  その母貝もまた美しい乳白色から薄紅色のグラデーションが掛かった巻貝で、貝殻を加工した工芸品があるほどである。  どこを取っても美しい石を母核とするチカムユニカは、概ねの石人種がそうであるように容姿端麗な少女の姿をしていた。  だが─── 「人間種はずっっっ…… と同じ場所をぐるぐるしているの。相当のバカでもそろそろ輪から出ていこうとする頃よ。  なのに『はじめてですけど?』みたいな顔をして100年前と同じやり口で同じことをしでかすのよ。  不思議なのだわ。95年前に宣誓した平和宣言にどの面下げるつもりなのかしら」  控えめに言っても口が悪い。薄紅色をしたアーモンド形の双眸は、多くの石人種が淡白な様子であるのに対して、どこか憤りを帯びた熱を持っていた。  石人種は母核となる石がそうであるように、基本的には不老不死の長命種に分類される。  少女のような姿をしていても、チカムユニカが「在る」と認識してから目の前で勃興衰退していった国は両の手に余る。  薄暗く照明が落とされた酒場のカウンター。  長い薄紅色の髪を垂らしたチカムユニカの隣には、更に深い紅色をした短髪の男性が座っていた。 「人は我々と違って短命で、世代交代というものがある。  確かに、当時の人間にとっては『はじめて』のことなのだろう」 「ちょっと、ルビー。聞こえにくいんだけど。もう少し声を張りなさいよ」  オラオラと迫るようにチカムユニカが言うように、男の声はぼそぼそとしていて雑音の多い酒場では聞き取りにくい。  だが、男は言い直す様子はない。  ルビーと呼ばれた彼は、呼ばれた通り鋼玉(コランダム)の変種、ルビーを母核とする石人だ。腰に提げている反りのある長剣は、ほぼ非戦闘員の石人種にあって人々の目を引く。  石人種の中でも近年、(人間種には到底追いつけない時間ではあるが)若い世代に自衛の意識が芽生え始めていた。 「人間種の戦争が、どうかしたのか」  指摘されても変わらないトーンで、ルビーが尋ねた。  チカムユニカは端正な眉を寄せる。 「の国が巻き込まれているのよ。  これがどういうことか分かる?」  サファイアの色をした目を隠すように、目深に下ろされた緋色の髪の奥をチカムユニカが覗き込む。  ルビーは琥珀色をした水面が揺れるグラスを傾けながら、同じように自分の頭も傾けた。  でしょうね、とばかりにチカムユニカは呆れる。 「死ぬの、人は。頭とか胸とか撃たれると、起き上がらないの。喋りもしないの。  友人がそうなるかもしれないって話。  そんなこと、あたしよりもずっとずっと人間種たちの方が知っているはずなのに」  不思議なのだわ、と。チカムユニカは疑問ではない声音で繰り返した。  チカムユニカは少し変わった石人種だ。  外の種族のことを殊更に気に掛ける。世界の動向をときに嘲笑を、ときに激情を、ときに諦観をもって見つめている。  だが。 「…… チカ」  ルビーは「気づいてないようだが」と前置きをして続けた。 「お前の言っている『友人』は、おそらく三代ほど前の人間種ではないだろうか」 「……」  チカムユニカはあんぐりと小さな口を大きく開けた。  あわあわとしばらくその口は音もなく動いていたが、やがて掠れるような声が聞こえる。 「通りで…… なんか、急に若くなったなとは思ったわ…… 人間種でも『戻り』があるのかと」 「早々無いだろう。基本は次の人間種…… 代替わりをしたのだと思った方がいい」 「生意気だわ、ルビー。まだまだ右も左も分かってない『石くれ』なのに」 「いつの話をしてるんだ……」  突然の理不尽な難癖に、さすがにルビーも呆れてしまう。石人としては大大大大先輩のチカムユニカ先輩である。  チカムユニカは人と同じ感情を持っているわけではない。一瞬一瞬で変わっていく感情を、理解しているわけではない。  嘲りも憤りも諦めも、石人種が─── かつて自分が持ち、永い永い時間の重みに擦り切れてしまった色を、思い出したいのだ。  その最も優秀なお手本が、人間種であった。  チカムユニカは変わった石人種だ。  人間種に憧れを持っている。 「戦場には近づかないでくれ。  いくらなんでも、お前を守り切るのは困難だ」 「『庭』に帰ってどうぞ。  散ったら集めてちょうだい。  ていうか、あんたこそ、石人(あたしたち)を守るためには全部守った方がいいかも、なんて言って戦場に走らないでよね」 「そんな大雑把なことは思いつかない」 「誰が大雑把よ」  はあ? と苛立った声でルビーを振り向くが、彼は取り合うつもりもなく琥珀の液体を呷っている。  石人種の中で、自衛など思いつく方が奇特なのだとチカムユニカは思っていた。  なぜ。  。  若い石人たちが自衛を提唱したとき、そこではじめてチカムユニカは、自分の感情がとうに摩耗しきっていたことに気づいた。  未だに仲間を守るという行為が腑に落ちない。その意味が分からない。根拠となる感情が、ちっとも湧かない。  あの─── 変幻する煌めきを、もう一度確かめたい。  同種が剣を握る理由を。 「不思議なのだわ……」  そう呟くチカムユニカの声は、深く、濃く、渇望にも似た色をしていた。
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