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「どちら様ですか?」
『薬が欲しい』
「病院に行かれては?」
『だからここに来た』
不機嫌そうな声音に、俺は目を眇める。俺は相手を知らないが、先方はここが闇医者のクリニックだと知っている様子だ。
「……何の薬だ?」
『中で話す。さっさと開けろ。早くしろ』
横暴な客が俺は好きではない。その上、急いでいるようにも負傷しているようにも見えない。だというのに、何故ここへと訪れたのか――疑問ばかりが浮かんでくる。しかし自力で来院出来ない急患の発言を、この来訪者が代理で行っている可能性を考えて、俺は幾ばくか逡巡した後、エントランスへと向いオートロックの扉を開けた。
「……」
改めて男を見る。上質なスーツ、腕にはスイスの高級メーカーの時計、纏う香りはアーク・ロイヤルのバニラ。背が高い男は、俺と同世代に見える。三十前半といったところか。グレアを放っているわけでは無いが、眼鏡の奥の切れ長の目が放つ鋭い光には、独特の威圧感がある。ひと目見ただけでも、カタギでは無いと分かる。
「入れ」
どこかの組の関係者の可能性が非常に高いと判断しながら、俺は踵を返した。
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