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そしてリビング兼待合室に、男を促す。値が張りそうな革靴を脱いだ男は、素直に俺の後をついてきた。
「座れ。それで?」
「珈琲の一つも出ないのか?」
「ここは喫茶店じゃない。お前は薬が欲しいんだろう? 具体的に、どんな?」
「――Sub不安症の薬だ」
「ドラッグストアにでも行ったらどうだ?」
「先生は持っていないのか?」
低い声音には笑みが含まれていた。俺は反応を返さずに、傍らにあった安っぽい、黒く丸い灰皿を差し出す。薬の売買自体は俺の仕事では無い。だから濁す為の話題を探す。
「Normalの俺には不要の代物だ」
「Normal? お前、名前は?」
「常磐だ」
「おかしいな」
「何が?」
「――Subと聞いていたが?」
それを耳にして、俺は眉を顰めそうになった。何故俺がSubだと知っているのだろう。この事を知るのは、ごく限られた者のみだ。
「お前は何者だ?」
「俺は霧生。本名だ」
「どこの組だ?」
「組? 大学時代の必修クラスは、一組だったが」
「馬鹿にしているのか? 今の所属を聞いている」
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