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その小屋に入ると、人が多くにぎやかだった。壁は、人相書きや似せ絵とともに数字が書かれた紙に埋め尽くされ、それらの前に、人が集まっている。男が多いが、女も少なからずいる。といっても、その場にいる人間はみな、堅気の顔ではなかった。
ここは賞金稼ぎたちの換金場。
ハントした獲物を持ってくるだけでなく、次の獲物の物色や、情報交換やマウントの取り合いで、いつでも騒がしい。
だから最初は、その子どもが入ってきても誰も見向きもしなかった。子どもといっても、10代前半くらいだろうか。
子どもの来る場所じゃないぞとからかった男が、その子の持っているものを見て目を向いた。その男の様子に気づいた別の男が、男の視線の先の子どもを見て、同じように目を見張り口を開けた。同じことがあちこちで起き、子どもが小屋の奥のカウンターにたどり着いたときには、誰もが固唾を呑んで子どもを見ていた。
小屋が静かになっていた。
カウンターには、ぎょろりとした目を一つレンズの眼鏡に隠した、顎髭豊かな細い顔の男が座っていた。この換金場の主だ。ギョロ目は子どもを見た。どんな嘘も見破るぞ、と言いたげな目つきだった。
子どもは、左手に持っていた大きな荷物を、ドン、とカウンターの上に乗せた。
荷物はモンスターの頭部だった。白目を剥いて、舌をだらりとたらし、生きていないのは明らかだったが、首の切断面があまりにキレイで剥製か何かにも見えた。だが大きい。持ってきた子どもと同じくらいの大きさかもしれない。子どもはそれを軽々・・・とは言えないが、ちょっと重い荷物程度の感じで引きずってきたのだ。
「いくら?」
子どもが言った。やや高めの声だったので、変声期を迎えていないのかもしれない。フードを深くかぶっているので、年齢も表情もよくわからないが、ふてぶてしいのは態度からにじみ出ている。
カウンターの主は、モンスターの頭部を見た。
(こいつは確か、東の森で暴れて迷惑していたモンスターか)
主は頭の中でそろばんをはじいた。なかなかの高額案件だったはずだ。
フードの奥で、子どもの目が光る。
「おい、お前がそいつを倒したっていうのか」
子どもの後ろから声がかけられた。ニヤニヤ笑いの、薄っぺらい若い男だった。
子どもはチラとその若い男を見た。カウンターに片肘をついた。
「あ?」
「だーかーらー、お前が倒したのかって聞いてんの。人様が倒したものをちょろまかしてきたんなら、俺らとしちゃ、ちょっとなあ」
若い男は周囲に目配せした。何人かが同じようなニヤニヤ笑いで返していた。
ハンターの獲物を横取りするのは、ままあることだ。横取りされたほうはたまったものではないから、恨みを買うことを承知での行動になる。ハンター同士のいがみ合いの原因のひとつである。
そういったことの八つ当たりがてら、この子どもをいたぶりたいという思惑が透けてみえた。
子どもは鼻を鳴らした。こういったことには慣れているのだろう。返事をすることなく主へ向き直った。
「早く清算してしてくんない」
「ちょろまかしてきたんなら、半額だ」
「ああ、んだと?」
主に突っかかろうと身を乗り出したところを、後ろから押さえつけらた。先ほどの若い男が、頬を引くつかせて子どもの頭を押さえたのだ。
子どもはカウンターで足をばたつかせた。
「いってーな、なにすんだよっ」
「お前こそ何様だ。無視してんじゃねえぞ、おい」
「はあ?相手の技量も計れないやつの相手なんかしてられっかよ」
「んだとー!」
逆上した若い男は、子どもの頭を掴むと、後ろに放り投げた。はずだった。
子どもは後ろに放り投げられていなかった。若い男が後ろに引っ張った反動を使って、逆に男の背中に張り付くや首に腕を回し、絞めようとしていたのだ。
「ぐえ」
若い男が立ったまま喘いだ。
「兄ちゃんの相手してる時間はないんだよ。オヤジ、早く清算しろ」
若い男に加勢しようとした別の男の気配に気づき、子どもは、懐からすばやく何かを取り出すと投げつけた。別の男が小さく叫び、膝をついた。投げつけられたのは小型ナイフ。男の太ももに深々と刺さっていた。
周囲の者たちが、ほお、と感嘆の息を吐いた。どうやらこの子どもはちゃんとしたハンターらしい、と認めたのだ。
カウンターの主も、いちおうハンターであることは認めた。だが、小型ナイフではカウンターの上のモンスターの首を刎ねることはできないだろう。やはり、誰かの獲物を横取りしたのではないか。
子どもは、若い男が気絶すると首から腕を放し、男が倒れ落ちる前に床に着地した。
「ったく、あんまり時間かけると、せっちゃんが来ちゃうんだよ」
ひっくり返っている若い男を軽く小突いてぼやいた子どもが、はっと顔を上げた。かぶったままのフードを引っ張り下げて、あちゃーっという小さな声を上げた。
「来ちゃったじゃん」
そのぼやきと同時に、入り口のドアが木っ端みじんに砕かれた。そして砕かれたドアを頭を下げてくぐり抜けて、大男が現れた。外からの光が隠されるほどの巨体。ドア枠よりも大きい。
その場にいた誰かが、悲鳴のような声を上げた。
「グ、グーデンバウム・・・」
百戦錬磨のはずのハンターたちが、いっせいに逃げ腰になった。カウンターの主も、さすがに腰を抜かしていた。殺戮マシンとの悪名高き、グーデンバウムの生き残りが、目の前にいるのだ。
だが子どもはまったく怯えもせず、大男を見上げていた。挙句、彼に文句を言ったのだ。
「ドア壊しちゃってどーすんだよ」
「・・・」
「ったく、ほんと手がかかんだから」
カウンターの主が、座ったまま子どもを見た。子どもはニヤッと笑った。
「あれ、俺の相棒。あんたが早く清算してくれないから、業を煮やして来ちゃったよ」
「お、お前、あい、相棒だと?!それを早く言え」
主は今までで一番早いんじゃないか思えるほどの動きで、書類を作成し、お金を数え、カウンターの上に置いた。
子どもはお金を確認し、書類にサインすると、今度はニカッと笑った。
「まいど」
子どもは、肩に背負っていた鞄にお金を入れ、大男の脇を通り過ぎざま、大男の腰のあたりを叩いた。大男の腰のあたりが、子どもの肩の高さあたりなのである。
その場にいた誰もが凍り付いた。
あの子ども、殺される。
だが、そんなことにはならなかった。子どもは平然と、しかも何度も大男を叩いた。
「ほら行くよ。いつまでも突っ立ってない」
まるで大男の方が幼子かのように、外へ出るよう促した。大男は素直に体の向きを変えた。子どもは大男を従え、小屋を出ていった。
だが、子どもは出て行く直前に、その場にいたハンターの誰かが、こそこそ話しているのを聞き取っていた。
(耳いいんだよねー)
心の中で舌を出す。
表へ出ると、大男は子どもをおもむろに抱き上げ、肩に乗せた。子どもは大男の頭を抱えるように抱き、気持ちよさそうに陽の光を浴びた。定位置といった様子だった。
「せっちゃん、せっちゃん、大金入ったから、豪華に肉食べよ、ね、ね」
子どもは大男を"せっちゃん"と呼んだ。
大男の名は、セルシウス。だから"せっちゃん"。せっちゃんというかわいらしい響きとは真逆の、ごっつい巨人。無表情で、目つきも暗く、ヤバイ人にしか見えない男。
「シウ」
「もちろん持ち帰りにするって。せっちゃん目立つからな。落ち着いて食べたいもん」
セルシウスの頭に顎を乗せ、子どもは陽気に話し続ける。
「シウ」
セルシウスが、先ほどより少し強めに言葉を発した。
「んー?」
"シウ"というのは、この子どもの名だった。セルシウスは子どもの名を呼んでいたのだ。
シウは体を伸ばし、セルシウスの顔の前に、自分の顔を出した。セルシウスはシウの顔を見た。
「シウ、無事か」
「無事だよ」
シウは笑うと、身を起こした。
「ならいい」
セルシウスはシウを乗せて、周囲の恐怖心など我関せずで、歩いていった。
彼らの後ろを、こっそり尾行する者たちがいることには気づいていないようだった。
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