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2
シウは寝ながら耳を澄ませた。かすかだか、地面を踏む足音が聞こえてくる。
(1、2、3・・・7人か)
シウとセルシウスの二人は、根無し草のモンスターハンターだ。しかも、セルシウスがグーデンバウムであることは一目瞭然なだけに、宿をとって休むこともできない。そのため、森の中や空き家など人のいないところで体を休めるのが常だった。
今もそうして森の中で休んでいたのである。
横になるシウの隣りには、セルシウスが木の幹にもたれ、目を閉じている。
シウはそうっと、セルシウスのほうを向くように寝返りを打つふりをした。セルシウスは動かない。
「・・・せっちゃん」
シウは小声で呼んだ。セルシウスの指が、ピクリと動いたのを確認し、シウは口元に笑みを浮かべた。
(せっちゃんは起きた。さあ、どう来るかなー)
寝ていても、耳のいいシウは獣並みに音を拾うことができる。夜の森で二人同時に寝ていられるのは、そのおかげだ。
換金を終えた自分たちを、尾行する者がいるのには気づいていた。最初はお金目当てかと思っていたが、様子が違う。そういえば、と思い当たったのが、換金場を出る時に小耳にはさんだ話だった。
『グーデンバウムを捕まえて王都に連れていくと、大金と交換してくれるらしい』
パーン一族とともに滅んだといわれて3年が経つ。だがパーン一族と違って、グーデンバウムはあちこち遠征していた。あの夜、どこかへ出ていたグーデンバウムがいてもおかしくない。その予想は当たり、彼らの一族は全滅していなかったのである。
王都の人々だけでなく、世界中の人がはぐれグーデンバウムに会うのを恐れた。
そして、はぐれグーデンバウム対策として、大金と交換などという話が持ち上がったのだ。
(と考えるのは、それほど奇想天外なことじゃないんだよね。王都の連中なら、こんな非人道的な言い回し、平気でしそうだもんな)
シウたちのいる場所は、王都からはかなり離れている。王都が見向きもしない辺境だ。当然、王都の言うことを素直に聞くような人々も少ない。今のところ、パーン一族が滅び、羅針盤を失った王都の愚策の影響は受けていなかった。時間の問題かもしれないが。
「で、あんたら本当に金がもらえると思ってんの?」
シウは、換金場で押した若いニヤニヤ男に、背後から体を押さえ込まれ、刃物を突き付けられていた。
二人の目の前には、6人の男に囲まれるセルシウスが立っている。セルシウスが無表情に若いニヤニヤ男を睨んでいた、というより、ただ見ているだけのようにも見える。それが却って怖い。
6人の男たちは、微動だにしないセルシウスを取り押さえる糸口がつかめず、ギリギリしていた。
二人の寝込みを襲ったが、とっくに気づいていたシウとセルシウスに反撃された。多勢に無勢と高をくくっていたが、二人はなかなか手強かった。ちょっとの隙をついて、どうにかシウを捕らえたところ、セルシウスがぴたりと止まった。
「あ、相棒を傷つけられたくなかったら、大人しく俺たちに捕まれっ」
今はニヤニヤしていないが、ニヤニヤ男が声の震えを押さえながらセルシウスに言った。
セルシウスがシウを見た。相変わらず感情のない目をしている。
シウはニヤニヤ男に言った。
「俺を傷つけたら、お前、アイツに殺されるよ」
「うぅ、うるせえ。黙ってろ」
ニヤニヤ男は、持っていた刃物をグイっとシウの頬に押し付けた。しかも手が震えているせいで刃物が揺れ、シウの頬が切れた。軽い痛みに、シウが片目を閉じる。
赤い線がついたのを、ニヤニヤ男が気づかなかったのが災いした。
セルシウスの目に、感情が乗った。
「やばっ」
シウはニヤニヤ男から逃れようと暴れるまでもなく、ニヤニヤ男の腕が緩んだ瞬間にその場から逃げた。
ニヤニヤ男とセルシウスの周りを囲んでいた男たちが、「ひっ」と上ずった声を上げた。
セルシウスの右手が、腰に下げていた大剣の柄に手をかける。
キンッという、硬質なもの同士がぶつかったような音がした。
と同時に、セルシウスから突風が巻き起こり、男たちがみな方々へ巻き上げられ飛ばされた。どこか遠くで、彼らがばらばらと落ちる音が、夜の森に響き、驚いた獣や鳥が飛び上がるにぎやかさが広がって、やがて静かになった。
ひとり取り残されて立つセルシウスは、大剣を鞘に納めた後だった。
シウは風が止むのを待って、セルシウスの元へ近づいた。
セルシウスがシウを見た。普段どおりの無表情な目に戻っている。
「せっちゃん、やりすぎ」
「シウ、ケガ」
「こんなのケガのうち入らないよ」
シウは頬の赤い線を撫でた。この程度の傷は、ハンターをしていれば日常茶飯事だ。まあ少しヒリッとはする。
「シウを守る。俺の役目」
「・・・違うよ」
シウはセルシウスを少し悲しそうに見上げた。シウはかぶっていたフードを脱いだ。
シウの髪の隙間から、先の尖った特徴的な耳が見えた。
セルシウスが見下ろすシウの顔を、月明りが照らす。シウの瞳が金色に光る。
「グーデンバウムが守るのはパーン一族。それが、お前たちが結んだ契約」
シウは、パーン一族の生き残りだった。
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