一 福来善朗の視点

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「──やあ、おつかれさま」 「おう、おつかれ」  午後11時半。バイトを終え、◯◯駅へ向かった俺は、改札口の前でいつもながらのカジュアルなジャケット姿をした夜見に出迎えを受けた。 「じゃ、さっそく行こうか。現場はこっちだよ……」 「あれ、現場はこの駅じゃないのか? 〝犠牲者が増える〟っていうから、てっきり飛び込み(・・・・)かと思ったんだが」  だが、挨拶を済ますと他愛ない世間話を交わすこともなく、すぐに改札を出ると俺をどこかへ連れて行こうとする。 「いや、飛び込みじゃなくて飛び降り(・・・・)の方さ。この近くのマンションだよ」  俺の疑問にそう答えた夜見の言葉通り、数分後に俺達は、一棟の巨大なマンションの前に立っていた。  暗闇に(そび)え建つ、鉄筋コンクリートでできた暗灰色のその巨体は、異様な存在感と圧迫感を周囲に放ってはいるものの、そんな古さを感じない新しい建物であるし、一見してそうした物件(・・・・・・)のようにはとても思えない。 「おい、ほんとにここか? 別になんの変哲もないマンションに見えるんだが……つっても、俺にはそもそもなんも見えない(・・・・)んだけどな」 「いや、うじゃうじゃいるよ。正直、僕も久々にビビってるくらいさ……」  その疑念を素直に口にすると、青褪めた顔でマンションを見上げているとなりの夜見は、冗談めかした口調で、だが、その声はいたく真剣にそう答えた。  俺にはまったく何も見えないが、こいつの眼にはきっと別の景色が映っているのだろう……。  夜見は、ある特殊な能力を持っている……いや、特異体質と言った方が正解だろうか?  昼間の明るい世界では俺達一般人となんら変わらないのだが、こうした暗闇の中限定で、夜見はこの世ならざるもの(・・・・・・・・・)を見ることができるらしいのだ。  つまりは、霊が視える霊能力者というわけである。
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