一 福来善朗の視点

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「ここのマンション、異様に飛び降りが多いんだ。なんでも一月に一人は出るペースらしい……しかも、住人だけじゃなく、外部からもわざわざ入って来てする人間もいるようだ。そこで、僕に調査依頼がきたわけだけど……見に来たらほら、この通りさ」  〝この通り〟と言われても、俺にはただのマンションにしか見えないのだが、ぼんやりと闇に浮かぶ、灰色のその巨体を見上げたまま続ける夜見の表情から読み取るに、どうやらたくさんの幽霊さん達で溢れ返っているようだ。  夜見は、この〝暗闇の中で霊が視える〟という特異体質を有効利用して、探偵稼業をその生業(なりわい)としている。探偵は探偵でも、こうした心霊現象の案件専門の探偵だ。  他の者には見えないものを見ることで、その起こっている怪異の原因を探るのである。  ただし、霊は視えてもお祓いとかはできないため、素人が供養するくらいでなんとかなる場合はその方法を依頼主に伝えるし、それでも収まらないレベルの場合は、祓える霊能者に今度は夜見から依頼するというスタイルをとっているようなのだが、今回はその霊能者達でも匙を投げるヒドイ状況らしく……ま、いわゆる〝ゼロ感〟──霊感ゼロの俺にはなんも見えんし、なんも感じられないんだけど。 「さ、中へ入ろう……」  そこらにあるのとなんら変わらぬ、ただの夜のマンションを(いぶか)しげに眺めていると、敷地内へと夜見が誘う。  鉄筋コンクリ地上七階建のそのマンションは、上から見ると「ロ」の字型の構造になっており、狭い共有スペースの廊下を潜り抜けた俺達は、その真ん中にある中庭のようになった場所に立った。  岸壁の如くそそり立つ、四方のマンション棟に囲まれたその場所は、方々に樹木が植えられたり、中央に花壇があったりなんかして、ちょっとした公園みたいな癒しの空間を形作っている。  すでに時刻は午前0時を回ろうとしており、辺りはとても静かだった。  四方の高い壁で外界からは隔てられているため、風もなく、夜の街の喧騒もここまでは届かず、まるでこの世界からすべての生物がいなくなったかのようにしんと静まり返っている……。  だが、かと言って不気味さというものはまるで感じられない。  中庭の照明や各階の外廊下に灯るたくさんの蛍光灯も、その蒼白い光で無機質な鉄筋コンクリート建造物を冷たく黒い闇の中に染め上げ、むしろ凛とした神々しささえ感じる光景に俺の目には映る。 「…………」  だが、となりで顔面蒼白となっている夜見の小刻みに震える瞳を覗うと、俺とはまったく別の世界が視えているのだろうことが容易に理解できた。
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