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「やっぱりいるのか?」
「ああ、いるよ。いるどころじゃない……こいつらがみんなして、落ち込んでたり、世を悲観しているような人間をここへ誘い込んで仲間にしようとしているのさ。そりゃあ、月一で自殺者がでるのも当然だ……」
再度、俺が尋ねると、不快な顔で周囲を見回しながら夜見がそう答えた。
「ダメだ。僕も長居してたらどうにかなりそうだ……さ、早くやってくれ」
そして、眩暈でもするのか? 少しフラフラと細身の体を揺らすと、目元を押さえながら俺に催促をする。
「でもよ、こんな時間にほんといいのか? 静かだし、よく響きそうなんだけど……苦情とかくるんじゃないか?」
「かまわない。そん時はそん時だ。さあ、早く!」
時間が時間だし、念のため確認をとる俺であるが、夜見はまるで聞く耳を持たず、最早、我慢がならない様子でさらに強く俺を促す。
「わ、わかったよ。んじゃあ、遠慮なく……」
いつにないその剣幕にちょっとビビりつつ、俺は中庭のど真ん中へとおもむろに歩み出る。
「コホン……では、いきます。福来善朗の、その場のシチュエーションにピッタリな即興一発オヤジギャグ……」
そして、ステージに立つお笑い芸人モードに気持ちを入れ替えると、俺の持ちネタである即興オヤジギャグを普段の営業の時同様に披露した。
「いやあ、すごくいい所にお住まいなんですねえ。このマンション、おいくら万ション!? …ブフっ…ダーッハハハハハ…!」
深夜の静寂の中、渾身のオヤジギャグを大声で言い放った俺は、直後、自らのギャグのおもしろさに堪えきれず、高らかなバカ笑いをマンション棟全体に大きく響かせる。
無論、オーディエンスは誰もいないため、笑っているのは俺一人だ……いや、観客がいる時でも客席から笑い声が聞こえてくることは稀なので、どちらでもあまり変わり映えはしないのだが……。
「おお〜っ…!」
また、観客ではないが、唯一この場でギャグを聞いていた夜見は、笑う変わりに感嘆の声をあげ、感心したようにパチパチと間の抜けた拍手をしている。
いや、そこはちゃんと笑ってほしいところなんだが……。
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