祇園の梅

1/2
2人が本棚に入れています
本棚に追加
/2ページ

祇園の梅

                  橘 DoDo  ひらりと、梅のはなが散った。鴨川に沿って屹立する櫻の木に隠れるように、一本西の通りにある木屋町通りには、人目に見えず、そっと咲く梅の木々があった。その一本、四条通りから二本路を曲ったところに彳む梅の木は、ことさら麗しかった。  梅は、花街で育った生粋の祇園娘である。齢、十六の花ざかりの花びらである。そんなり姿に、艶やかな蝶々の簪を差した鬢は、気品を湛えていて、どこかそのうしろ姿、うつくしや、うつくしや。なれど、どこか侘しげな影が、女をいっそう美しくみせていた。  梅は、自分と同じなまえのこの紅い花がすきだった。どこか、とおい昔からご縁があるような、運命的な花であった。一方で梅は、桜がきらいである。それは対照的な悪、つまりは忌みきらう宿命のようなもので、文月になると、梅は外にさえ出るのをいやがって、よく置き屋の女将に叱られた。 「厭厭、お稽古にはいけやしまへん」 「どないしはったんやろか、ええ加減初心にもどっておくれやす」 「厭厭、厭厭」  梅は、美しい鉄琴の反響のように、言葉をくり返した。  いつしか、こんなことがあった。  春の花冷えに、疎な雨がぽつり、ぽつりと滴る夕暮。梅は、袖をぬらしながら、駆けに駆けた。 「へえ、いつだって、私が悪うおす」  梅は、連日叱られながら、雨の終わりを待つように、叱られない日を待った。  雨はやめど、また叱られ、また雨が降り、また雨がやんだ。三度、雨が降った夕暮に、梅は家を出た。行くあてのない旅、夢のない人生、理由のない怒り、梅は四条大橋を渡って、だいすきな梅を観に行った。  梅は、先月に散った。私は、まだ散っていない。散りそうだ。厭厭、花は散りゆくときこそ、うつくしや。  梅は、美しくないいま、死にたくなかった。すこし、小さな元気をもらった。 「おおきに、梅」  梅は、親しげに言葉を残して、祇園へと駆けた。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!