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祇園の梅
橘 DoDo
ひらりと、梅のはなが散った。鴨川に沿って屹立する櫻の木に隠れるように、一本西の通りにある木屋町通りには、人目に見えず、そっと咲く梅の木々があった。その一本、四条通りから二本路を曲ったところに彳む梅の木は、ことさら麗しかった。
梅は、花街で育った生粋の祇園娘である。齢、十六の花ざかりの花びらである。そんなり姿に、艶やかな蝶々の簪を差した鬢は、気品を湛えていて、どこかそのうしろ姿、うつくしや、うつくしや。なれど、どこか侘しげな影が、女をいっそう美しくみせていた。
梅は、自分と同じなまえのこの紅い花がすきだった。どこか、とおい昔からご縁があるような、運命的な花であった。一方で梅は、桜がきらいである。それは対照的な悪、つまりは忌みきらう宿命のようなもので、文月になると、梅は外にさえ出るのをいやがって、よく置き屋の女将に叱られた。
「厭厭、お稽古にはいけやしまへん」
「どないしはったんやろか、ええ加減初心にもどっておくれやす」
「厭厭、厭厭」
梅は、美しい鉄琴の反響のように、言葉をくり返した。
いつしか、こんなことがあった。
春の花冷えに、疎な雨がぽつり、ぽつりと滴る夕暮。梅は、袖をぬらしながら、駆けに駆けた。
「へえ、いつだって、私が悪うおす」
梅は、連日叱られながら、雨の終わりを待つように、叱られない日を待った。
雨はやめど、また叱られ、また雨が降り、また雨がやんだ。三度、雨が降った夕暮に、梅は家を出た。行くあてのない旅、夢のない人生、理由のない怒り、梅は四条大橋を渡って、だいすきな梅を観に行った。
梅は、先月に散った。私は、まだ散っていない。散りそうだ。厭厭、花は散りゆくときこそ、うつくしや。
梅は、美しくないいま、死にたくなかった。すこし、小さな元気をもらった。
「おおきに、梅」
梅は、親しげに言葉を残して、祇園へと駆けた。
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