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朝、起きると私は月になっていた。今日は三日月だった。 ベッドから降り窓をあけて身をのり出し周りを眺めると星たちが輝いていた。以前の月は悲しい人だったみたいだ。部屋中が散らかっていて机には涙で濡れたであろう手紙があった。前、月だった人からの置き手紙だった。手紙には震えた字で綴られていた。手紙によると月の仕事は時間になると双子の星が迎えにきて、その子たちに連れていってもらい色々教えてもらうらしい。月の人の入れ替わりは不定期で神様が決めるらしく今回は6150年目で私に入れ替わり、のところで手紙は破れていた。不思議に思いながらも私は双子の星たちが迎えにきてくれるまでに部屋を片付けることにした。散らばっている本を本棚に直し、ゴミを仕分けて小物を拾っているとカーペットに引っ掛かっているキラキラしているものを見つけた。何だろうと思い、手に持っていた小物を近くに置き、よく見るためにしゃがみ、手にとってみると綺麗なブルーのイヤリングだった。前の人のだろう。だが片方しか無かったので片付けをしていたらいずれ見つかるだろうと思い片方のイヤリングを机の上に置いて片付けを再開した。 しばらくすると部屋は綺麗になったがもう片方のイヤリングは見つからなかった。一息つこうと椅子に座っていると窓からノックの音が聞こえた。音の方を見ると双子の星が来たようだった。窓をあけ双子の星たちに玄関の方から入ってくるように言うと双子の星たちは楽しげに手を繋いで玄関の方に向かった。双子は靴を脱ぐなり私に 「今日は早めにお迎えに上がりました」 と言いながら私の部屋に入ってきた。双子は部屋中を見て 「もう片付けが終わったんですね」 と言い部屋の隅にある空っぽの冷蔵庫に食材を入れようとしていた。私が近づき覗きこむと双子たちは作業しながら説明してくれた。ここでの生活のこと、仕事についてなど色々と聞いていると急に 「そろそろ時間ですので行きましょう」 と言われ私は双子に両手を引かれ家を出た。が玄関を出ると私は驚き立ち尽くしてしまった。私が家だと思っていたのは、なんと大型のヨットだったのだ。立ち尽くしている私を双子は引っ張りながら甲板についた。すると双子は私の手を引っ張り星屑の海へヨットから飛び降りたのだ。私は怖くてしっかりと双子の手を握って目をつぶった。その様子を見ていた双子は 「大丈夫ですよ」 と私に言ってくれた。恐る恐る目を開けるとそこは息を呑むほどに綺麗な銀河の海が広がっていた。凄く綺麗だった。私たちは手を繋ぎながら、その仕事場へと泳ぎはじめた。泳いでいる時色々な人とすれ違った。その一人一人を双子たちは教えてくれた。「あの人がつる座で、あの人が南の魚座で」と説明を聞いていると下の方で漂っている人がいた。その片耳には綺麗なブルーのイヤリングが光っていたが遠すぎて私は気づかなかった。「あの人も星なのだろうか」という疑問を抱いたが双子が説明してくれているので聞けなかった。しばらく泳いだ後ようやく仕事場に着いた。手を離すと双子に「いいですか、右上にあの人、左にあの人がいるこの場所が貴方の仕事場ですよ。迷子にならないように気をつけてくださいね。次回からはヨットごとここに連れてきてここで生活してもらいます」 と言われた。右上では金星が綺麗な髪をなびかせて手を振っていた。双子は続けた。 「貴方は時間になるとここで光をあの星にめがけて送ってください」 そう言いながら双子は青い星を指差した。指差された星は地球だった。 地球は綺麗だ。だが、それ以上に私の目を盗んで離さないのは「太陽」だった。 その時に見た太陽の美しさを私は忘れたくない。 太陽は眩しかった。思わず目を背けるほどに。 だがそれ以上に美しかった。私はずっと太陽を見ていた。眩しすぎて、こちらからは太陽は私を見ているのか見ていないのか分からなかった。 あっという間に仕事が終わり、双子の星たちが私を迎えにきてくれた。私は帰り道ずっと目がチカチカしてうまく前が見えなかった。 双子の星たちは、 「いくらあなたが月でも直視しすぎです」 と、怒られてしまった。 このようにして私の生活ははじまったのだった。 右上の金星とは仕事で顔を合わすたびに世間話などをして仲良くなった。月になっての初めての友達。 金星はオシャレでいつも長い髪がなびいて綺麗だった。本人は鬱陶しそうに髪をかきあげていたが。 月としての生活にも慣れてしばらくたった時、ふと窓の外の星たちを見ていた。星はそこにとどまってキラキラ光っていた。私は星を見ながらも無意識に月を探していた。 月は私なのに。 私は突然、思い出した。 私は以前、月になる前は、カゲロウだったのだ。 成虫になり、子孫を残そうとする行動の中、私は月を見ていた。あまりにも綺麗だったからだ。もう絶命してしまう中、私をとらえて離さないのは月。とにかく、いつの月も綺麗だった。 カゲロウとして生きた儚い一生の命が月を儚く綺麗だと思った。 可笑しな話だ。 私は今は、月だ。なのでカゲロウだった時の気持ちはあまり覚えてないしわからない。ただ月が綺麗だったことしか覚えていないが、もう少しカゲロウらしく生きて欲しかったと、前世の私に言いたい。もし言えたとしても前世の私からは反発の声しか上がらないと思うが。 そんなことを考えながら私は部屋に置いてあった鏡を見た。鏡に映ったのは一人の少女、月の私だ。月になって初めて自分の顔を見た。まだ幼さが残る顔立ちに、肩までの髪。 よくよく考えると今は月だが人間の体の作りに似ていて羽がない。 カゲロウだった時の羽が懐かしいや。 なんて、呑気なことを考えながら過ごした。 翌日、私の前世のことを金星に話した。金星は驚きもせずにカゲロウだった頃の私の話を聞いていた。金星は興味津々に私に質問した。 「前世で見とれていた綺麗な月になれてどう?さぞ嬉しいでしょう?」 私はすぐに答えた。 「それが、昨日鏡で自分の姿を見たのだけれど、まっったく綺麗じゃ無かったの。まさか月がこんなだったとは」 金星は笑いながら、 「確かに、自分を綺麗!って思う人は少ないかもしれないけどね、私は太陽の光を反射させている月、あなたを綺麗だと思ったわ。その時のあなたは、どの生き物をも魅了させるのよ」 私は素直に、ありがとうと言った。 金星は、 「まるで恋する乙女ね。太陽に恋したのよ。前の月もそうだったわ」 私は納得した。あんなに綺麗な太陽だもの。前の月も見とれるわ。 私がそう言う前に、金星は慌てて話題を変えた。 何をそんなに焦っているのだろうか。何か言っては駄目なことでもあったのだろうか。 私は今日の金星との話を思い出していた。 そういえば、前の月の話になると皆話をそらす。前の月に何か良からぬことがあったのだろうか。 それを聞こうにも皆口を閉ざす。 だが、一人だけは違った。 その一人は小さすぎて星になりきれていない星だった。 その小さな星は私より少し前に生まれたらしく、前の月の知人でもあった。 小さな星は私が一人の時に現れて、 「もう月は変わってしまったんだね。君、ほんとに前世がカゲロウだと思うの?よく考えて。確かにカゲロウだった時もあっただろう。でもね、君は月だった」 それだけ言うと、すぐにどこかに行ってしまった。 それきり、小さな星とは会えていない。 その時の私は、その言葉の意味が分からなかった。 分かるのは、月に見とれていたら自分が月になって、次は太陽に見とれていることだけ。 仕事中、月はいつものように太陽を見ていた。いつもと違うのは耳鳴りがしたこと。 急な耳鳴りに戸惑っている月に託された言葉。 「前世の君は月だ、そして殺されたんだ。それで全てが終わるはずだったのに君はまた生まれ変わり月になった」 その言葉は急に頭に響いた。すると突然、忘れていた記憶が弾けるように戻ってきた。 月は全て思い出してしまった。 前の月、もとい前世の私は気づいてしまったのだ。 前世の月は、いつも通り太陽を見ていた。だが一瞬太陽の表情が苦しんでいるように見えた。いつも眩しくて見え無かった太陽が、その日から徐々に太陽の姿が見えるようになっていった。太陽が苦しんでいるように見えた。よく見ると太陽の体はボロボロだった。月は何が何だかわからず混乱していた。 すると一人の人物がやってきた。神様だった。神様は月に言った。 「気づいてしまったんだね。太陽、彼のことに」 月は神様に問い詰めるように言葉を発した。 彼はどうして苦しんでいるのか、何がそうさせているのかを。月は神様が話すのを待った。 神様は固く閉ざされた口を開いた。 「彼はよく働いてくれた。 私は、もうずいぶん前に彼を太陽から生まれ変わらせるために彼の元に行ったんだ。だけど返ってきた言葉はNOだった。もし生まれ変わって君が太陽になったら僕の心は死んでしまう。彼はそう言ったんだ。君が太陽に生まれ変わる、その確率はとても低いのにね。 私はね、無理に生まれ変わらせることはしたくないんだ」 月は膝から崩れおちた。 太陽は自らの体を焼いていたのだ。幾年の時も一人で苦しんで、太陽はたくさんの生命のために耐えていた。 その時の中で、太陽は今までにない感情を抱いた。この永遠と続くであろう炎の中、心地よい光を放つ月を見たのだ。 頬が濡れた。太陽が一粒の涙を流したのだ。 太陽は月から目線をはずすことが出来なかった。太陽の光を映し月は輝いていた。己を焼く炎の色ではなく純粋で綺麗な銀色だった。この瞬間太陽は、 「僕は全ての生命ではなく、彼女だけをおもっていたい。 彼女のためなら僕は命だって差し出そう」 太陽はこの時からずっと月に恋をしていたのだ。向こうからは太陽がよく見えていないようだが、太陽はそれでも熱心に見ていた。太陽は、月が生まれ変わっても形を変えてもずっと月を見守っていた。月だけが、太陽の心の支えなのだ。 そんな時間を過ごすうちに太陽は一度だけ月と目が合ったような気がした。気がしたというのも、いつもの太陽を見る月の柔らかい笑顔が一瞬にして動揺の表情になった。 月は太陽を助け出そうとした、救いたかった。 だが、敵わなかった。 太陽が自らそこにとどまり続けている限り助け出すことはできない。 神様の言った通り月では太陽を救えなかった。 心ここにあらずな月に神様は、太陽から預かった物を手渡した。 太陽は初めて月を見た時に流した一粒の涙を月に贈った。 太陽を救い出そうとした時からずいぶんと時間だけが経過した。 月は苦しむ太陽を見たく無かった。 月の精神は限界だった。 「これで何回目でしょうか」 「さぁ…ですが今回は神様が決断する前にこうなった」 「金星も小さな星もきっと悲しい顔をするだろう」 双子の星たちは悲しい顔をした。 「きっと月と太陽が笑顔で笑いあえる日もそう遠くないですよ」 「そう信じましょう」 双子の星たちは息絶えた少女の前で会話をしている。 月は自らの命を摘んだのだ。 月だった少女はブルーのイヤリングを手に持っていた。
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