芽吹屋

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私のうちは芽吹屋である。 人々に才能の種を売っている。 人にはそれぞれ才能がある。 そして、誰もが才能を(つる)のように(まと)っている。 芽吹屋の私たちには見える蔓が人には見えない。 見えないが故に私たちの店にお客は足を運ぶのだ。 私たちのお店は街の一番端っこにあった。 山を背負うように生える巨大なきのこのような家がうちだ。 歴史を感じる重厚なドアを開けると 棚いっぱいに瓶がぎっしりと並んでいる。 中は、ところどころにぶら下った豆電球のようなランプで オレンジ色に染まっている。 セイ兄が瓶をひとつひとつチェックして中の種の状態を見ている。 「(めぐむ)、おかえり。」 おどろおどろしい瓶を片手に目を細めて微笑んでいるセイ兄が 私に言った。 セイ兄の芽生えの実は『記憶の実』だ。 私たち芽吹屋の(つる)には実がなる。 人が(まと)う蔓には実がならない。 この実こそが芽吹屋の証だ。 この実を総称で「芽生えの実」と呼んでいた。 セイ兄の芽生えの実で作った『暗記の種』は 教育熱心なママに人気があった。 今日も妙に着飾ったママ達がセイ兄を囲んで色めき立っている。 ママ達の人気は単純に『暗記の種』欲しさだけではない と、私は踏んでいる。 セイ兄はいわゆる甘いマスクだ。 貴公子のような微笑みはママ達を骨抜きにする。 絶対、セイ兄に会いにきてると思う。 そんなセイ兄の『暗記の種』は 繊細な細工の、クリスタルカットの小瓶に入っている。 順番を待つママ達にセイ兄はひとりずつ 小さな小さな種を一粒あげる。 これだけ?と聞かれると これだけです。とにっこり微笑む。 小さな種をちまちまあげて、何度も来てもらおうって魂胆だな・・と 思えてならない。 ただ、効果がないかと言われたら 噂好きのママ達を虜にするだけの効果はあった。 ほどよく子供たちに才能の芽生えが見られたあたりで 次の勉強を攻略する為の『暗記の種』が欲しくなる。 でも、ママ達の中毒性とは裏腹に、 子供たちは自分の才能の手応えを感じられていた。
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