芽吹屋

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ちまちま種を売っているセイ兄を 頬杖をついてカウンター越しから眺めている私に 「精錬(せいれん)の種はいい種だ。」 と、満足そうに髭を揺らしながらおじいちゃんが言った。 精錬(せいれん)とはセイ(にい)の名前だ。 腕のいい芽吹屋になるよう願いを込めて おじいちゃんがつけた名前だと聞いている。 うちは先祖代々、みんな芽吹屋(めぶきや)だ。 芽吹屋は芽吹屋同士で結婚して力を継承している。 セイ兄の婚約者のコト姉も芽吹屋だ。 ちなみに私にもいいなずけがいる。 幼馴染の(うた)だ。 詩は言の葉の実の保持者だった。 言葉を編む仕事が好きな人に人気の種の作り手だ。 詩は多くを語るタイプではなかったけれど ぽつりぽつり話す言葉はとても心地いいテンポで 心の波を穏やかにしてくれる。 自分にもこんな風に優しい気持ちがあるんだなっと 満たされていくのを感じる作用がある。 詩はすでに家業の手伝いをして 言の葉の実を種にする事ができた。 が、私はまだ自分の実を理解できなかった。 私の芽生えの実は『引き寄せの実』というものだった。 おじいちゃんは良い実を持っていると褒めてくれるけど いまだに何に使うのかわからない。 特に何かを引き寄せた事もないし 誰かを引き合わせた事もない。 カウンターに顎を乗せて自分の赤い実を眺めながら 指でこずいて転がしていると扉が開く音がした。 重厚な扉がゆっくりと開いて光が入ってくる。 「いらっしゃい。」 なんの気なしにそう言って扉を開けた主を確認した。 そこには背光を背負って現れた美しい少年が立っていた。 私は息を飲んだ。 赤い実は手から離れカウンターを転がり床に落ちて 小さく弾みながらどこかへ行ってしまった。 「すみません。」 少年は不安そうに一歩、中に入ってきた。 「はい・・」 「あの・・『暗記の種』をください。」 その言葉を聞いて奥からセイ兄が出てきた。 「用途は?」 にこりと微笑むと少年の瞳を覗き込んだ。 「ぼく・・ピアノを弾くんですが・・  どうしても完璧な暗譜ができないんです。」 「完璧と言うと?」 「自分のイメージが先行して楽譜にある指示を無視してしまって・・」 そこまで聞くと私は口を挟んだ。 「弾きたいように弾けばいいのに。」 すると、少年は俯きながら首を横に振った。 「楽譜通りに弾けないと・・」 「ふぅ・・ん。」 そんなもんなのかな、と私は肩をすくめた。 セイ兄はブルーの錠剤のような種を少年に見せた。 「この種がいいと思うんだけど、今、在庫を切らせてるんだ。」 空っぽの瓶を振ってみせた。 「少し、待てるかな?」 少年はこくりと頷いた。 「出来上がったら、お届けに上がるよ。」 そう約束すると少年は帰っていった。
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