芽吹屋

4/6

2人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ
気がつくと、赤い瓦屋根のきのこが見えた。 どうやってうちに帰ったのか・・ 体の至るところに少年の音符が残っていた。 数日の間、私はぼぉ〜っとしていた。 時たま、ため息をついてはぼぅ〜としていた。 カウンターに顎を乗せて、ぼぅ〜っとしていると 目の前まで詩がじーーーっと顔を寄せてきた。 「近いっ」 顔を避けながら、詩の顔を左手で押しやると 右手の手の甲でひらひらと離れろの合図をした。 セイ兄が甘いマスクなら 詩は辛いマスクだった。 目尻がスッと上がって口元が締まっている。 色味はほとんどなく涼しげだった。 「ピアノの君が来てるぞ。」 詩はぽつりと言うと、私の顎を人差し指で軽く持ち上げた。 「どこ?」 私は顎を持ち上げられたまま、目をぱちくりさせて詩を見つめた。 詩はふっと店の奥を視線で示した。 視線の先には少年がいた。 少年は肩を落としてお辞儀をすると店を出て行った。 私は慌てて少年を追いかけると声をかけた。 「どうしたの?」 すると少年は 「どうしても、感覚が合わない箇所があって・・」 声を詰まらせた。 「楽譜通りに弾きたいのに・・そこの箇所にくると  ぼくの弾き方になっちゃうんだ。」 セイ兄にこの箇所が完璧に弾けるようにしっかり暗譜したいから この間より強い効果がある種が欲しいとお願いしたらしい。 するとセイ兄はそれは記憶のせいじゃないと言って種をくれなかったらしい。 ケチなセイ兄。 少年はあまりにも肩を落として光背も消え入りそうだ。 いてもたってもいられなくなった私は走って店に戻ると セイ兄の記憶の実を2〜3粒適当に手に取った。 まだ種になってない、もぎたてのセイ兄の記憶の実だ。・ 少年の背中に追いつくと近くの公園に誘ってベンチに座った。 「これ・・お兄ちゃんの記憶の実・・。」 よかったら・・と言って少年の手にセイ兄の記憶の実を持たせた。 少年は戸惑った顔で見つめ返してきた。 一片の曇りもない綺麗な瞳だった。 私も少年を見つめて、どうぞという気持ちで頷いた。 人には『芽生えの実』は見えないけど芽吹屋の手によって実体となる。 少年は、たちまち笑顔を取り戻すと記憶の実を大事そうに頬張った。 マスカットのような翡翠の実は 甘く、瑞々しい果実だった。 その実が少年の体に染み渡っていくと 少年の表情に異変が現れてきた。 そして、言葉にならない唸り声を上げ始めた。 なに? 私はおろおろ・・ ただおろおろと少年の背中を撫でることしかできなかった。 「どうしたの?」  ・・・ 「大丈夫?」 少年の様相が変わり果てていく。 何が起きたのかわからなかった。 少年は喉を鳴らしながら言葉を発した。 「き・・・お・・く・・・がっっ」 髪を掻きむしりながら苦しそうに蹲っていく。 苦しむ少年を(まと)(つる)が少年の体を締め上げるように 固く締め付けながら空に向かって伸びてゆく。 「ああああああああ」 少年の叫び声が地面を這うように響く。 ゾクっとした。 怖い。 何か大変な事が起きてる。 どうしよう、、どうしよう、、 どうしよう、、、 「うたっっ! うたーーーーーっっ!!」 少年を締め上げる蔓が深く食い込まないように 必死に体を守りながらも強い力に巻き込まれて 少年もろとも意識を奪われる。 助けて、、 失っていく記憶の片隅で詩の姿が見えた。 セイ兄もいた。 ちから・・が・・・ぬけ・・る
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

2人が本棚に入れています
本棚に追加