芽吹屋

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・・・・体が重い。 誰かが私の手を握っている。 詩に違いない。 私は目を開くと、詩の姿を探した。 最初に見えたのは見慣れた天井とお気に入りのタンスだった。 ここは、、、私の部屋だ。 ふっと私を除き込む詩が見えた。 私は、ガバッと起き上がると詩に抱きついた。 抱きついて、さっきの蔓に負けないくらいキツく詩を締め上げた。 そして、詩の肩越しで泣いた。 声を出して泣いた。 「大丈夫。大丈夫だから。」 詩の声を聞いたら大泣きした。 ドアの向こうにセイ兄たちの気配がしたけど 誰も入ってこなかった。 ひとしきり泣いたら 詩が私を引き離して、涙で濡れた頬を手で拭ってから ティッシュをくれた。 詩は困ったような顔をしながら、ちょっと笑った。 少年は、おじいちゃんの『生命の実』で 心のバランスを整えてもらっていた。 『記憶の実』は別名「忘れずのみ」と呼ばれ 良い事も悪い事も経験した全てが身体中を巡って 気持ちがパンクする効果があった。 人は「忘却」と言う技術があるから気持ちがパンクせずに 新しい経験を積めるものなんだとおじいちゃんが言った。 おじいちゃんのおかげで 平穏を取り戻した少年が店の長椅子に腰掛けていた。 私は階段をゆっくりと降りながら少年に近づいていった。 「ごめんね。」 少年は眩しい笑顔で微笑み返した。 クラッとしている私をよそに、詩が話しかけた。 「そんなに・・暗譜がしたいの?」 少年は少し戸惑ったような顔をしながら小さく頷いた。 「もしかして・・暗譜ができてなくても弾いてて楽しい?」 少年は少し驚いた顔をしてからもう一度こくりと頷いた。 少年は言った。 「ぼくのピアノは代々受け継がれている古いピアノなんだ。  曽祖父を初めみんなこのピアノでこの曲を弾いてきたんだろに・・  ぼくには弾けない事が恥ずかしくて・・・・。  それなのにこの曲は好きな曲で・・それなのに弾いてるうちに  楽譜とは違う弾き方になってしまって・・・。」 少年の話が聞こえたのか、 奥からおじいちゃんの笑い声が聞こえてきた。 「私はもしかしたら、君のおじいさんを知っているかもしれないよ?」 そういうと、何やらゴソゴソと始めて奥から一枚のDVDを出してきた。 パソコンにセットすると少年そっくりな少年が 見覚えのある大きなグランドピアノを弾き始めた。 「あ・・この曲・・」 少年は食い入るように見ていた。 が、突然驚いておじいちゃんの顔を見た。 おじいちゃんは楽しげに頭を振りながら音楽を聴いている。 少年もつられるようにシャイニーな笑顔で大きく頭を揺らした。 二人は目を合わせて今にも踊り出しそうな雰囲気だ。 誰が聴いてもグシャグシャで激しくて愉快な音符のカオスで 訳がわからなかったけど・・ただ、楽しくて・・ 曲が終わると持久走の後のような疲労感と 走り抜けた爽快感に満たされていた。 少年は興奮で頬が色づいていた。 おじいちゃんは少年に 「私はこの曲が好きで何枚かDVDを持っているけど  全部同じで全部違うよ。」 そう言って、ウィンクしてみせた。 何かを感じている少年を見ながら詩が言った。 「一つ、提案があるんだけど・・」 そう言うと歌は説明を始めた。 次の日曜日に少年の家に伺う約束をして少年は帰って行った。  
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