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「あなた。ちょっと、そこのあなた」
室内に響いた先生の声に顔を上げると、僕を見ている先生の視線と僕の視線がぶつかった。
先生は時々こうして僕たちの中から、誰かを呼ぶのだが、決まって僕たちの名前を呼ぶことはない。きっと、先生には僕たちが皆同じに見えているのだろう。だから、名前を呼ばない。それか、僕たちの名前を知らないか。もしかしたら、その両方かもしれない。
先生の視線を受けつつ、僕は自分の鼻先をさし、自身が呼ばれているのかをジェスチャーで確認する。僕のそのしぐさに、先生は大きく頷くと手招きをしてみせた。
「そう。あなた、あなたです。私についていらっしゃい」
皆の羨ましそうな視線の中を、先生のもとまでのそのそと歩いて行った僕の手を取ると、先生は、他の子たちには目もくれずに、僕の手を引いて部屋を出た。
僕は物心ついた頃には既にあの部屋にいて、いつも皆と過ごしていた。一人になったことも、部屋から出たこともない。
初めて出た部屋の外には、暗く長い道がひたすらに延びていた。
皆から引き離され一人きりにされた心細さと、暗く果ての見えない道への恐ろしさに、僕は体を震わせる。しかし先生は僕になど興味がないのか、事務的に話を始めた。
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