ファンタジーランド

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ファンタジーランド

 気候も穏やかで空も雲一つ無い快晴のある日、僕は一人で街中を歩いていたが、すれ違う人達の笑顔とは対照的に僕の心は沈んでいた。答えは簡単。朝からお母さんと喧嘩をしてしまったからだ。 喧嘩の理由もいたって単純で、昨日の内に隠していた悪い点数のテストが見つかったからで、叱られたのに対して僕が言い訳をした。それが原因で更に喧嘩が激化してしまい、それに耐えられなくなって部屋に戻り、財布を入れたショルダーバッグを持ってそのまま出てきてしまったのだ。 「……でも、勉強したって何も楽しくないよ。大人になったら何になりたいかも決まってないのに、勉強ばっかりしたって意味ないじゃないか……」  そんな事無いのはわかってる。勉強をしていく内に何かやりたい事が見つかる事だってあるし、そうじゃなくてもこれからの人生で役に立つ事もあるから。 けれど、そう思う事にして勉強に励もうという気にもなれなかった。勉強自体がそもそも好きじゃないのもあるけど、今家に帰ってもお母さんとまた喧嘩してしまいそうな気がして、帰ろうという気にもならなかった。 「でも、どこかに行きたいわけでも無いし、これからどうしよう……」  そんな事を考えながら歩いていたその時だった。 「やあ、そこの君」 「え……?」  声がした方を向くと、そこには一人のピエロさんがいた。頭には水玉模様の先が二つに分かれた赤い帽子を被り、顔は目の下の水色の涙以外は白く塗られていて赤く丸い鼻を付け、白い縦線が入った紅色の服という一般的にイメージされるような見た目をしていた。 「えっと……僕に何か用?」 「君、なんだか哀しそうじゃないか。一体どうしたんだい?」 「……お母さんとちょっと喧嘩しちゃったんだ。僕が悪いのはわかってるんだけど、中々謝ろうっていう気にもなれないし、家にも帰りづらいから、どうしようかと思ってたんだよ」 「なるほど……それなら、君にはこれをあげるよ。さあ、手を出して」  そう言われて手を出してみると、ピエロさんが渡してきたのは、白い横長の封筒で、重さから何かが入っているのがわかった。 「これは?」 「楽しい楽しい遊園地への招待状さ。招待状だから、それを入り口で見せれば無料で入れてくれるよ」 「遊園地……でも、そんなのどうして僕に?」 「これは哀しそうにしてる人にあげてる物だからね。といっても、これをあげてるのは一日に一人にだけで、あげるあげないは僕の匙加減ではあるんだけどね」 「じゃあ、ピエロさんから見たら、僕はそれくらい哀しそうに見えたんだね」 「そうだね。さて……ここでこのまま話しててもしょうがないし、早速行ってきなよ。今だったら……うん、そこの路地の先から行けるはずだからさ」  ピエロさんが指差す方を見ると、そこは店と店の間にある細い路地で、遊園地がその先にあるようにはとても思えなかった。 「本当にあるのかな……」 「まあ、信じられないのも無理はないさ。でも、行くあても無いなら、試しに行ってみても良いんじゃないかな? たとえ遊園地が無くても、何か興味を惹く物と出会えるかもしれないしね」 「それは……」  ピエロさんの言葉はもっともだと思う。どこか行きたい場所が無いなら、別に行かないという理由も無いし、何か新しい発見があるかもしれないなら、行ってみる価値はあるから。 「……うん、それじゃあ行ってみるよ。ピエロさん、招待状をくれてありがとう」 「どういたしまして。さあ、早く行っておいで。楽しむ時間が無くなっちゃうよ」 「うん!」  手を振るピエロさんに手を振り返した後、僕はピエロが指差した方に向かって歩き始めた。そして、細い路地をゆっくりと歩き、少し不安な気持ちで路地を抜けたその時、僕の目には信じられない物が映った。 「わぁ……お、おっきぃ……!」  思わずそう言ってしまう程、目の前に現れた遊園地はとても大きく、街中にあるはずなのに遊園地の周りには青々とした草が生えている草原やそれを食べる角の生えた白い馬なんかがいた。 その見た事も無い程楽しそうな光景に目を奪われながら歩き、遊園地の入り口に着いてみると、そこには遊園地でよく見るような入場口があり、そこにいたこの遊園地のユニフォームらしき物を着たお姉さんが僕を見ながらにこりと笑う。 「ようこそ、ファンタジーランドへ。今日のお客様はどうやら君みたいね」 「あ、はい……えっと、この遊園地って一体……」 「ここはファンタジーランドという遊園地で、様々な世界を旅しているのよ」 「様々な世界を……?」 「そう。この遊園地はオーナーが色々な世界にいる元気の無い人達を笑顔にしたいって言った事から始まって、オーナー直々にキャストを集めてきてこの遊園地を始めたのよ。 だから、私も含めてここのキャストはみんなが出身がバラバラだし、種族も色々だから、少しびっくりする時もあるけど、みんな良い人達ばかりだからそこは安心してね」 「あ、はい。因みに、お姉さんも見た目は僕と同じ人間ですけど、別の種族なんですか?」  そう訊くと、お姉さんはクスリと笑う。 「そうね。といっても、私は魔族と人間のハーフ、見た目は人間と同じだけど、この身には魔族の血も流れてるわ」 「魔族と人間のハーフ……」 「ええ。そのせいで、両親が亡くなった後は両種族から仲間外れにされていたけど、オーナーに拾ってもらった事で私は今とても楽しいの。そしてそれは、他のキャスト達も同じ。だから、同じように元気の無い人達を笑顔にしたいと思うのよ。辛いままよりも楽しい方が良いから」 「…………」 「とりあえず、招待状を預かるわね」 「あ、はい……」  ピエロさんから貰った招待状をお姉さんに渡すと、お姉さんは封筒から一枚の紙を取りだしてそれを確認した。そして、それをポケットにしまうとにこりと笑う。 「確認したわ。それにしても……君はここに来た人の中でも運が良い方みたいね」 「え、それってどういう事ですか?」 「……ふふ、それは後でわかるわ。さて、それじゃあこの遊園地を目一杯楽しんできて。中にいるキャストに声をかければ案内はしてくれるはずだから」 「わかりました。それじゃあ……行ってきます」 「うん、いってらっしゃい」  お姉さんに見送られながら入場口を通り、僕はファンタジーランドの中へと入った。すると、まず目に入ってきたのは、鎧を着た騎士のような人が剣を掲げながら立っている姿を彫ったと思われる大きな石像だった。 「これは……誰の石像なんだろう?」 「……おや、また会ったね」 「……え?」  その声に驚きながら振り向くと、そこには招待状をくれたピエロさんが立っていた。 「あ、ピエロさん」 「この石像はね、遊園地のオーナーの世界にいたと言われている勇者のアーサー・レイを模して彫られた物なんだ。その勇者は普通の農民の生まれで、ひょんな事から勇者になったけれど、その後は色々な苦難を乗り越えて世界を救ったとされてるよ」 「勇者……それじゃあこの石像のモデルになった人はとてもすごい人なんですね」 「あはは、そうかもね。オーナー曰く、たしかに勇敢で正義感に溢れた奴だったけど、世界を救う旅の最中に出会った魔王の部下達とも絆を結ぼうとする程、敵だからといってすぐにその命を奪おうとはしなかったらしい。 まあ、救いようのない悪人の場合、それが人間だろうとそうじゃなかろうと容赦は無かったようだけど、相手の言動や目などからどういう心境なのかをしっかりと見定め、それに応じてどうするかを決めていたようだ」 「なるほど……」  説明を聞いて僕が納得していると、ピエロさんは僕に手を差し伸べてきた。 「さて、それじゃあせっかくだから、僕が園内の案内をしようか。ピエロの扮装をしてるけど、今日はテントでのサーカスや劇場でのショーに出るわけでもないし、今日のお客様は君だけだから、特に仕事もないしね」 「あ、ありがとうございます」 「どういたしまして。僕はアレン・レイナー、君は?」 「あ……僕は遊城晶楽(あすきあきら)です」 「晶楽君だね。それじゃあ行こうか」 「はい!」  そして僕はアレンさんと一緒にファンタジーランドの中を巡り始めた。神話に出てくるという青いドラゴンを元にしたジェットコースターに色々な姿の馬のメリーゴーランド、臨場感たっぷりのお化け屋敷に楽しい歌と踊りのショーが観られる劇場、とファンタジーランドのアトラクションは種類こそ他の遊園地にもあるものばかりだったけど、そのどれもが心から楽しいと思える物だった。 少し気になったとすれば、アトラクションの係員さん達がアレンさんを一瞬見て驚いていたくらいだけど、アトラクションを楽しんでる内にそれも気にならなくなっていった。 そしてお昼、フードコートでアレンさんと一緒にお昼を食べていると、アレンさんは僕の事を見てにこりと笑った。 「どうやら晶楽君にはここを楽しんでもらえてるみたいだね」 「はい。どのアトラクションも楽しいですし、ここに来れて良かったと思えました」 「それは良かった。ところで、晶楽君。お母さんと喧嘩したと言っていたけど、喧嘩の理由って訊いても良いかな? 楽しい気持ちの時に訊く事では無いけれど、少し気になってしまってね」 「……別に大丈夫です、アレンさん。実は学校の成績があまり良くなくて、それでテストを隠していたら、それを見つかっちゃって……」 「なるほど。それで、言い争いになっちゃったわけか」 「はい……僕が悪いのはわかってるんです。でも、どうしても勉強をする事が楽しいと思えないし、将来何になりたいかも決まってないのに勉強をしても意味がないって思うんです」 「ふむ……」  僕の言葉を聞いたアレンさんが顎に手を当てる中、僕はアレンさんに話しかける。 「アレンさん、アレンさんはどうしてここのピエロになろうと思ったんですか? ピエロになりたい理由があったから、ピエロになったんですよね?」 「うーん……僕の場合は別になりたい理由なんて無かったんだ」 「え?」 「僕は元気が無かったり悲しんだりしてる人を楽しませたいと思っていただけだからね。特にピエロじゃないといけない理由は無かったよ」 「それじゃあ、どうしてピエロになったんですか?」 「簡単だよ。何かに特化した才能を持つ他のキャストとは違って、僕にはピエロとして活躍する他無かったからさ。 まあ、ピエロ自体も簡単な役目じゃないし、他のキャスト達のサポートもしたりする。 でも、僕にはみんなのサポートをしながらこうやって色々な人に笑顔になってもらうのが一番向いてたんだよ。 そのためにジャグリングやマジックも学んだし、どうやったら動きだけで相手に笑ってもらえるかも考えた。そのおかげで園内を歩いてる時も度々君には笑ってもらえてたから僕としては大満足だよ」 「あ……」  そう言われて僕はアトラクションを廻ってる時のアレンさんの動きを思い出した。ピエロさんは次に行くアトラクションの説明をしてくれながら、園内にある物を使ったパントマイムやマジックを見せてくれていた。 あの時はただただ感心したり笑っていたりしただけだったけど、あれもアレンさんなりに僕を楽しませるためにしてくれていた行動だったのだ。 「……僕もなれるならアレンさんみたいな人になりたいな」 「ふふ、そう言ってもらえるのは嬉しいよ。でも、君には君なりの楽しませ方がきっとあるはずだよ、晶楽君。それはどんな物だって良い。演技でもスポーツでも芸術でも構わない。一番大切なのは、自分がどう相手に楽しんでもらいたいかだからね」 「どう楽しんでもらいたいか……」 「そう。まあ、小さい頃から目指したい物を見つけるのは大切だよ。準備期間を多く取れる分、努力も勉強もたっぷり出来るからね。でも、だからと言って小さい頃からなりたい物を見つけないといけないわけでもない。大切なのは自分がどうありたいか。  なりたくない物のために頑張ろうとしても中々頑張れはしないけど、自分がこうありたいと思える物なら結構辛くても頑張れる物さ。だから、あまり焦らずに色々な経験をした上でなりたい物を見つけてごらん。きっと、君にもなりたい物は見つかるからね」 「アレンさん……」 「……なーんて、柄にもなく真面目な話をしちゃったかな。さて、ご飯を食べたらまた園内を色々巡ってみようか。ここには楽しい物がいっぱいあるからね」 「はい!」  誰にも訊けずに一人で暗闇の中を進んでいた時に差し込んだ一筋の光。その光に希望を見出だし、僕はアレンさんと笑いあった。  数時間後の夕方、園内のアトラクションを目一杯楽しんだ僕達はまた入場口のところにある石像の前にいた。 「ふぅ……もうこんな時間か。晶楽君、今日は楽しんでくれたかな?」 「はい、ここに来る前の暗い気持ちがどっかに行っちゃうくらい楽しかったです」 「そっかそっか、それなら良かった。そのためのこの遊園地だから、そう言ってもらえて僕も嬉しいよ。ただ、楽しい時間もそろそろ終わり。君もお家に帰らないとね」 「あ……」  アレンさんの言う通りだ。ずっとここにはいられないし、家に帰ってお母さんに謝らないといけない。テストを隠してた事やそれを棚に上げて怒った事、そして何も連絡せずにこんな時間まで遊んでた事。謝らないといけない事は山積みだ。 「……でも、お母さんに会うのが怖いな。お母さん、もしかしたらまだ怒ってるかもしれないし……」 「まあ、そうかもね。でも、君だって自分の事は反省してるし、お母さんだって言いすぎたかもって思ってるかもしれない。だから、まずはお家に帰ってあげて、素直にごめんなさいを言う事。  そうすれば、お母さんだってカンカンに怒ったりはしないだろうし、晶楽君が帰ってきた事を喜んでくれるはずだよ」 「そうですかね……」 「そうだよ。中には子供に対して酷い事をしたり言ったりする親もいるだろうけど、君のところはそうじゃないんでしょ?」 「はい……怒ると怖いし、勉強しなかったり早く寝なかったりしたら叱られるけど、学校での話はしっかりと聞いてくれるし、いつも家の事を頑張ってくれたり美味しいご飯を作ってくれたりします」 「ふふ、そっか。それなら大丈夫だね」  僕の言葉を聞いてアレンさんが安心したように微笑んでいたその時だった。 「……はあ、そんなところで客と遊んでいて良いのか?」  その呆れたような声が入場口の方から聞こえ、そちらに顔を向けると、そこには黒い鎧に金色のマント姿の鋭い目付きの男の人が立っていた。 「あ、デューク、お疲れ様。視察はどうだった?」 「思っていたよりは勉強になったな。それより、お前の方の仕事はどうした?」 「仕事ならしっかりとやってたよ。まあ、今日のところは書類仕事とかは無いから、こちらのお客様に楽しんでもらう事が僕の仕事ではあるけどね」 「……そうか。だが、お前には他にもやる事はあるのではないか? お前はかつて魔王であった私と戦った勇者ではあるが、今はこの遊園地のオーナーなのだからな」 「勇者でオーナー……え、そうだったんですか!?」  僕が驚きながら訊くと、アレンさん──勇者のアーサーさんはクスリと笑う。 「そうだよ。普段はオーナーとして各アトラクションのキャスト達から寄せられた意見などに目を通したりキャスト達がどうやったらもっと快適に働けるかを考えたりしてるんだけど、たまにはこうやってピエロの扮装をして招待状を渡しに行ったり色々な世界を巡ってはキャストになってくれそうな人を探したりしてるんだ」 「招待状を渡す役目は、本来他のキャストがやっているんだがな」 「そうなんですね……でも、どうして勇者と魔王が世界を巡る遊園地の経営をしているんですか? やるなら、住んでいた世界でも出来たんじゃ……」 「……あの世界じゃちょっと出来なかったんだよ。場所の件もそうだけど、各国家との事情があってね」 「……あの世界の奴らは、魔王である私やその部下達と絆を結ぼうとしたコイツを危険人物として見なし、世界を救ったはずのコイツを指名手配したのだ」 「そんな……いったいどうして……」 「元々、勇者であるコイツの扱いにも困っていたのだろうな。各国家の王達からすれば、自分の娘やそれなりの女をコイツの妻とし、自分達にとって強力な手駒として置いておきたかったのだろうが、コイツはまったくそういう事には興味がなかった。 伴侶を持つ事は時には必要だと考えていたようだが、積極的にそういう事はせず、それぞれの国の宴に呼ばれた際に姫達がコイツに対して好意がある素振りを見せても特に興味がある様子も見せない。 そんなコイツを見て王達はアーサーを引き入れる事を諦めた後、今度は先の未来の脅威にならぬようにと排除をする決断をしたのだ。コイツが根っからの悪人以外には手を出せない事を利用してな」 「酷い……」  正直、その一言に尽きた。自分達の思い通りにならないからと言って、相手の性格を利用して命を奪おうとするなんて酷すぎる。 「まあでも、仲間達や魔王達は何だかんだで助けてくれたから、しばらくみんなで姿を眩まして、魔王城でこの先の事を相談してたんだ。そんなある日、古の魔王が研究してたっていう世界を渡る魔法と空間創造の魔法についての書物が見つかって、僕達は揃ってこれだと確信したよ。 そして、この二つを組み合わせて、僕達が平和に過ごせる空間を作り上げ、世界を渡りながら生きていけば良いという結論に行き着き、僕達は力を合わせてその研究に励んだ」 「その結果、研究は成功した。そして、私達は完全にあの世界との縁を断ち切るために一芝居を打った。仲間割れをして共に命を落としたという風に思わせてな。 その後、私達は生活するための空間で協力をしながら生きてきたのだが、やはり娯楽に飢えていた事やあの世界の者達の仕打ちのせいで元気の無い者達が徐々に増えていた。そんな時、ある世界でコイツが見つけてきたのが遊園地だった。 その時は中までは入れなかったようだが、外にも聞こえてくる人々の楽しそうな声と今まで見た事の無い物達にコイツは目を奪われ、こういうところで遊ぶ事が出来れば、きっと元気の無い者達も元気を取り戻すと考えたのだ」 「そして僕は、諜報の魔法を駆使して遊園地という物を調べあげ、魔王達に協力してもらいながらアトラクションのプロトタイプを作り上げた。まあ、今日君に楽しんでもらった物に比べたら、だいぶ拙かったとは思うけど、その時の達成感はすごかったよ」 「その後、元気の無かった者から優先的にアトラクションの試運転をしてもらったわけだが、最初こそまだ元気の出る様子は無かったが、徐々に楽しそうな顔をするようになり、最終的には全員が笑顔になり、私達の作戦は大成功に終わった」 「それがこのファンタジーランドの原型なんですね」  僕の言葉を聞いてアーサーさんはコクンと頷く。 「そういう事だね。その後、僕達は安全面に特に気を遣いながらアトラクションを更に改良していくと同時にこの空間を作り上げた。居住用の空間に作ったままでも良かったけど、せっかくだからもっと大きな物を作りたかったんだ。  そして、その内に僕はある事を思うようになった。それが他の世界で辛い思いや悲しい思いをしてる人を元気にしたいという物。どんな世界にだって何かの理由で悲しかったり苦しかったりして辛さを感じてる人はいるはず。だったら、僕達の力でそんな人達を救えないかと考えたんだ」 「最初にそれを聞いた時は、また突拍子もない事を考えたと思った。だが、私は決してそれを馬鹿馬鹿しいとは思わなかった。結果としてコイツが見つけてきた遊園地のおかげで元気の無かった者達は再び笑顔になり、私達には活気が戻ってきたわけだからな。  よって、私達の中にそれを反対する者は出ず、その計画は着々と進行していった。そして、今では多くの者達が私達の遊園地で笑顔になり、自分達もそれを手伝いたいと言って、キャストなどとして協力してくれているのだ」 「そうだったんですね」  アーサーさん達の話を聞いて、僕はすごいと思うと同時に僕にも何か出来ないかという思いが芽生えていた。アーサーさん達は自分達に酷い仕打ちをした人達を憎むわけじゃなく、自分達のように辛い思いをした人達のために出来る事をしようと考えた。 それは決して簡単に出来る事ではないし、こういう人になれたらいいなと思うのは自然で、自分もこの人達のために何かをしたいと思うのも自然だと思えた。 でも、僕がするべきはそれじゃないんだと思う。受付のお姉さんやキャストの人達のようにオーナーさん達のために働くんじゃなく、僕だからこそ出来る事を探して、同じように色々な人を笑顔に出来るように頑張るべきなんだ。 「……どうやら自分の中で何か決まったようだね」  僕を見ながらアーサーさんが言うのに対して僕は頷く。 「はい。まだどうやっていくかは決めてないですけど、僕も色々な人の笑顔のために頑張りたいです。本当はこの遊園地でキャストの人達やアーサーさん達と一緒に頑張ってみたいですけど、たぶんそれは僕にとっての正解じゃない。 まだあの世界が僕の居場所である以上、僕がいるべきで頑張るべきはあの世界だと思いますから」 「……そうか。なら、早く帰ってやった方がいいぞ。この近くで誰かを捜すように辺りをおろおろと見回している女性を見かけた。恐らくお前の母親だろう」 「……そうですね。何の連絡もせずに朝からずっといなかったわけですから、早く顔を見せに行きたいと思います。今日はありがとうございました。本当に楽しかったです」 「こちらこそ楽しかったよ。まあ、今度も会えるかはわからないけど、また会えたその時は元気に頑張ってる姿を見たいな」 「はい、もちろんです。その時までには立派な大人になってみせます。アーサーさん達が驚く程の」 「ふふ、期待してるよ。それじゃあ……またね」 「はい!」  アーサーさんから差し出された手と握手を交わし、入場口にいたお姉さんともお別れをした後、僕は来た道をゆっくりと戻っていった。 楽しい時間を過ごせたここに残るのも一つの道だった。でも、僕はもう決めたんだ。楽しい時間を過ごさせてもらった分、今度は僕が誰かに楽しい時間を過ごしてもらうんだって。 「……勉強は楽しくないって今日までは思ってたけど、これからは誰かを楽しませるために僕自身が勉強を楽しんでやろう。楽しみながらやった方がきっと身に付くだろうし、僕自身を楽しませる事で誰かを楽しませるためのアイデアだって思い付くはずだから」  そう独り言ちながら僕は来た時の不安な気持ちとは違ってワクワクした気持ちで路地を歩いた。この先に待ってるのは、今までのような何も見えない暗闇じゃなく、あの遊園地のように煌めいていて楽しさに満ちた人生だから。 「ん……今日も良い天気だなぁ」  ある日、アトラクションから聞こえてくる音声や楽しそうなお客さん達の歓声に口許を綻ばせながら僕は空を見上げる。今日は雲一つ無い快晴。あの日、僕があの不思議な遊園地に行った日と同じだった。 遊園地に行ったあの日、僕を見つけてとても安心した顔をした母さんから僕はすごく謝られたけれど、僕もしっかりとごめんなさいをした。僕が楽しい時間を過ごしていた時、母さんはそれとは逆で不安と心配でいっぱいだったから。 家に帰る途中、母さんにどこに行ってたのかと聞かれたけれど、僕はあの遊園地の事は話さずに街の中を歩き回っていたと答えた。何となくだけど、あの遊園地の事は他の人には話さない方が良いと思ったからだ。 そして、あの日から僕は勉強にも精力的になると同時にマジックや腹話術、絵や音楽など様々な物に挑戦するようにした。その変わりように両親はすごく驚いていたけれど、それを止める事無く応援してくれた。 その結果、僕は色々な事が出来るようになり、今では家の近くにある小さな遊園地に就職して、キャストの一人として今日も落とし物や迷子がいないか園内を見て廻っている。 結局、あれ以来あの遊園地には行けてないし、アーサーさん達とも会えていない。でも、それでも良いんだと思う。また会えたら良いなとは思うけど、会えなくてもあの時の楽しい時間が無かった事になるわけじゃない。あの日の事は、僕の中でとても良い思い出として残っているから。 「さて……だいぶ見て廻ったし、そろそろ戻ろうかな」  そんな事を独り言ちていたその時、ベンチに座って肩を震わせている子供がいるのが見え、僕はすぐにその子のところへと向かった。 「ねえ君、どうしたの? もしかして迷子かな?」 「……う、うん……おとう、さん達と……はぐれ、て……」 「そっか……よし、それじゃあ僕と一緒に行こう。でも、その前に……」  そう言いながら僕は簡単なマジックの道具として常に持っている熊の指人形をポケットの中から取りだした。 「君のその涙はどうにかしないとね。ねえ、ちょっとこっちを見てくれるかな?」 「え……」 「今からこの指人形が大きくなるよ。まずはこの子を手の中に握りこんで……後は数を数えたら大きくなるからしっかりと見ててね。行くよ……1、2……3!」  その瞬間、後ろに回していた手で後ろポケットに入れている腹話術用の熊の人形を取り出しながらその子の前に出してみせた。 「はい、大きくなりました──って、いつの間にこっちに来てたの!?」 「わぁ……す、すごい……! 大きくなったし、いつの間にか移動してる……!」 『ふっふっふ……当然だよ。僕はこのお兄さんの一番の相棒だからね。このくらいは出来て当たり前なのさ!』 「それに喋ってる……今までゴーレム達が喋ったのは見た事あったけど、人形が喋ったのを見たのは初めてだよ!」 『良い驚き方だよ──って』 「ゴーレムが……喋った?」  その突然の言葉に思わず訊いてしまっていると、その子は笑顔を浮かべながら頷いた。 「僕のお父さんのお友達なんだって。それに、角が生えた白い馬やぷよぷよした色々な色の子もいるんだよ」 「そ、それって……」  およそこの世界では見られない者達の話を聞き、僕が驚いていたその時だった。 「……あ、お父さんだ!」  違う方を見ながら言うその子の嬉しそうな声を聞いて僕がそっちに顔を向けると、そこには僕にとってとても嬉しい光景が広がっていた。 「……ふふ、まさか本当に会えるなんて」  そう独り言ちながら僕は向こう側から歩いてくる人達を待った。そして、その人達は僕の目の前で足を止め、その内の一人は初めて見た素顔でにこりと笑う。 「久しぶりだね。また会えて本当に嬉しいよ」 「……はい、僕もです」  そして、僕達は再び握手を交わした。もう繋ぐ事が無いと思っていた手が再び遊園地で繋がった事に僕は嬉しさを感じながらその人に向かって心からの笑みを浮かべた。
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