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私は、ある男の子に恋心を芽生えさせていた。
「おっはよ!菊原!」
「ああ、おはよう」
天気が良い爽やかな朝。
2年1組の教室に茶色の髪の毛に爽やかな顔立ちをした男の子が、同じクラスの友人達に囲まれて入ってくる。
その様子を、私・墨咲七絵は教室の窓際の自分の席から眺めていた。
彼の名前は菊原仁君。
先程言った通り、その爽やかな顔立ちにスタイルの良い体格。おまけに性格が良いことから男女問わず人気なのだ。
「仁〜聞いてよぉ!この間さ、彼氏に振られてめっちゃショックだったの!だから慰めて〜?」
栗色のウェーブがかかった長い髪をしたクラスで一番美人である押森さんは、仁君の腕に自分の腕を絡めて身を寄せてくる。
色白で目も大きく顔も小さい。おまけにスラッとしたモデルのような体型はみんなの憧れだ。
あんな可愛い人が寄ってきたら誰だって好きになってしまうに違いない。
しかし、仁君は照れた顔をせずさりげなく彼女の腕を払い笑顔を向けた。
「押森、他の人にそんなことしてるから振られるんだろ?俺じゃなくて筧に慰めてもらえよ」
「ええっ!?筧は嫌だ!」
「そこまではっきり言わなくても良いじゃねえか!」
急に慰め役を押し付けられ、更に拒絶された赤髪の男の子の筧君は嘆いた。
そのやりとりを見て仁君は微笑んだ。
「はあ…やっぱり美人じゃないと駄目か」
彼らの様子を眺めていた私は、小さな声で呟き肩を落とした。
学年で人気のある男の子の隣には、押森さんのような美人だと誰も文句は言わないだろう。
黒髪の長髪を伸ばし、化粧っ気がない地味な私とは大違いだ。
「おはよう、墨咲」
「ひっ!」
突然声をかけられ、私は小さく悲鳴を上げる。
声がした方に振り向くと、先程まで仲の良いグループの中にいた仁君が立っていた。
ボーッとしている間に、いつの間にか仁君は私の目の前に来ていたようだ。
「お、おはよう菊原君…」
私が挨拶を返すと、彼は右手に持っていた紙袋を「はい、これ」と私に差し出してきた。
「昨日、小説貸してくれてありがとな。凄く面白かった!」
「あっ、ううん。気に入ってくれて良かったよ」
ニコニコ笑う仁君を見て私も釣られて笑顔になる。
一週間前、図書室で本を読んでいるとたまたま宿題をしに来ていた仁君が私を見つけて話しかけてきたのがきっかけだった。
そして、好きな作家が一緒だったことから意気投合して今のように小説の貸し借りをしているのだ。
「俺も家から本持ってきたんだけど、良かったら読んで」
仁君は鞄から青の巾着袋に入った本を私に渡した。
「ありがとう。家に帰ったら読むね」
「ああ。感想はその本に挟まっている栞に書いてくれ」
「分かった」
「楽しみにしてるから。じゃあ、また!」
彼は私に小さく手を振ると、友人達が集まる場所へと戻っていった。
仁君の背中を見送った後、私は先程返された紙袋から一冊の文庫本を取り出す。
その本のページをパラパラと捲ると、一枚のオレンジ色の栞が挟まっていた。
私は栞を手に取り、栞の裏を返す。
『最初から最後まで犯人像が掴めなかった!いつもなら冒頭で分かるはずなのに読者を惑わす文章が上手すぎて悔しい!』
栞の裏に書かれていたのは、仁君の字で書かれたミステリー小説の感想だった。
少しアンバランスで汚い字だが、読みやすいように頑張って書いてくれていることが伝わってくる。
「ふふっ、何それ」
私は仁君の感想についクスッと笑ってしまう。
自分だけしか知らない彼の顔。
その栞は、芽生えた私の恋心を温かくしてくれるのだった。
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