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雨が
花散らしの冷たい雨が、町を仄暗く寂しい色に染めている。歪な四角に切り取られた視界が己の姿と同じ形に黒く染まる。こちらを見つめ返すその眼はまるで死人のようだった。
先程から遅々として進まない夕餉の支度を再開する。
長らく研いでいない三徳は鈍く、叩きつけるようにして根菜を裁断してゆく。規則的な反発音が響き、頭痛を増長させる。
このところずっと頭が痛い。
幼い頃からの偏頭痛は歳を重ねるにしたがって悪化し、鎮痛剤が手放せなくなっている。特にこんな天候の日には。叩きつけるように包丁を置いた。
「どうしたの?」
彼が立っていた。いつ、帰ってきたのだろうか。解錠の音も扉の開閉音も聞こえなかった。ほっそりとして色の白い彼が薄暗い室内に立っていると、さながら幽霊のようだ。
その静かな佇まいと整った顔立ちが尚更、不穏な想像を助長させる。
少し頭が痛くて、と言い訳のように応えながらまた俎板を叩き始める。
こんな時、ひとりだったら、と思ってしまう。
流しに漬けっぱなしのカップが目に入る。彼が愛用している保温性の高いものと、百円ショップで購入した色違いのカップ。
明るい色彩が妙に浮かれて見えて不愉快になった。
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